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私が言うまでもなく、イスラム教というのは、ユダヤ教、キリスト教の流れを引きました唯一絶対の神のアラーを中心とする宗教でして、同時にアラーに仕える天使、それからご承知のように、マホメッドが啓示として受けたコーラン、それから預言者マホメッド。何よりも来世の信仰がある。そして人間は、神であるアラーの命に従えと。非常に強い使命感を教える宗教ですね。その宗教におきまして、非常に強く強調しているのは、今、私も言いましたように、死を嫌うなと。だれもが死を嫌う。だが、死後の生活や死後の応報を知る者なら、進んで死を求めるだろうと。審判のときは来たと。神に赦しを求めて、神の世界へ入れと。これからは至上の暮らし、永遠の暮らしに入ると。こうしたような、神の国に入るために現世の生活があるのだと。おまえたちは神の国に入るために死ぬのだと。そういう非常に強い使命感を植えつけるような往生の説明もあるわけですね。これに対しまして、私たちは、皆さん方だれでもそうだと思いますが、現在の現世だけが中心であって、死んだらもう灰になってしまって、それで人生は終わりなのだという近代合理主義の世界で生きておりますから、私たちは現在の生活をいかに充実して生きるか。死を見ながらも現在残された生をいかに充実できるかという、そこに全力を置いておりますよね。全力というと変ですが、それを充実しようと努力をする。そういう面がありますけれども、イスラムの世界におきましては、大事なのは現世ではなくて、来世の神の世界だと。神の世界に入るためには、神の命令に従ってああいうことをしなければいけないのだと。非常に怖いことです。宗教というのはそういう怖さを持っているわけですね。そしてその宗教が権力に利用されるとああいうことが起こってしまうわけですね。

今度は逆のことを申し上げたいと思います。ご承知のように、あの貿易センタービルに突っ込んだ飛行機は乗っ取られた旅客機でした。その旅客機の中には、一般市民が乗っておりました。この人たちは、朝8時にボストンを出た飛行機ですから、ビジネスマン中心ですよね。いわゆる資本主義的な合理主義の中で育ってきたビジネスマンが、実際にハイジャックされて自分の死が迫ったときに何を言い残したのかと。そのことを次に考えてみたいのです。これは、ニューヨークタイムズに掲載されたものを朝日新聞の天声人語がとりあげたのですが、ハイジャックされた飛行機に乗っていたビジネスマンが、自分の奥さんに携帯電話で話したのですね。それが残っているのです。具体的に言いましょうか。「ブライアンだ。飛行機がハイジャックされた。愛していることを伝えたかっただけだ。また会えるといいが、もし駄目だったらどうか人生を楽しんでくれ。最善の人生を歩んでくれ」。それからもう一つ、これもやはり携帯電話で飛行機の中から伝えたものですが、「娘を頼む。きみが人生でどんな決断をしようと、とにかく幸せでいてほしい。僕はきみの決断を何であれ尊重する」。こういうとらえ方ですね。つまり、自分は死んでしまうのだ。だけど、現在の世は続いている。そしてそこには、自分の最愛の妻や娘がいる。自分は飛行機とともに灰になって消えるかもしれないけれども、残された自分の妻には充実したいい人生を楽しんでほしいと。それが自分の最期の願いなのだと。そういうことを言い残して飛行機とともに死んでいった、死なざるをえなかったわけですね。同じようにぶつかられた貿易センタービルからもEメールが届いております。「脱出できそうにない。きみは本当にいい友達だった」。こういう形のとらえ方というのは、自分が生きてきた現在の世界、この世しかないのだと。そこで非常にいい友達づきあいをしてくれてありがとうと。そういうふうに言い残したわけですね。

 

 

 

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