こんなことがあってから、澄夫の生活は急に変わり始め、他の子たちとの会話も弾み、学習後の卓球やサッカーに汗を流す笑顔の日が続いた。
担任が、「努力をするが成績が上がらない」と言っていたが、澄夫の学習方法が効率的でないこともわかった。国語や社会の教科書をのぞくと、全文に蛍光ペンのラインが引いてあって、全体が黄色くなっている。
「大事なところに線を入れたんだ。全部が大事だから…」
「澄夫君、全部が大事だけれどね、2、3回読んで、とても大事なところを選んでね、黄色の上に別な色で線を入れてごらん」
初めは時間がかかっていたが、ピンクの線が5、6本になり、それをノートに抜き出すと、「あれっ、先生が黒板に書くことに似ている」とニッコリしたり、連立方程式の基本的な解き方がわかると、「これ、どうしてもわからなかったんだ」と喜んでいた。
登校拒否の理由を語る
通い始めて2カ月後、周りを気にしながら「相談したい」と言い出した。別室に行くと「学校へ行きたい」と言う。「それは簡単。明日から行ったらいい」と言うと首を振り、
「今の学校ではなく、別な学校へ行きたい」と、下を向いた。
この日まで、登校拒否の理由を語らなかったが、友人か教師か判然とはしないものの、不登校の理由は学校側にあることが推察できた。
「転校はね、特別な理由がなければできない。どうして転校したいのかな?」
澄夫は長い沈黙後、意を決したように語ったが、それはあまりにもむごい内容だった。
4カ月前、教室で筆箱を落とした時、筆箱から500円玉が勢いよく転がった。すると、近くの友人たちがワイワイ言いながら拾ってくれた。ところが、2時間目の授業が終わった時、
「澄夫、金を貸せ」
と、ツッパリの3人組が迫ってきたので、
「金なんか持ってないよ」
と答えると、筆箱を取り上げて500円玉を握り、
「この嘘つき。来い!」
と、トイレに連れ込まれた。3人は大便器に小便をため、抵抗する澄夫の顔を無理やり便器に押し込んだ。3人が去ると澄夫は顔を洗い、うがいをして教室に戻った。澄夫は翌日も同じ「いじめ」に会ったが、だれにも言わなかった。
さすがに3日目には、校門前でベルを待って遅れて教室に入り、休み時間は保健室に逃れた。しかし、昼休みにグランドで捕まり、
「さっきは、逃げたろう」
と校舎の裏に連れ出され、殴られ、ねじ伏せられ、3人から体中に小便をかけられた。頭から足まで、制服もグシャグシャに汚れた。