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しかし、どこか知らぬが、遠い南の海の果てに「南鳥島」という島があるらしい―と、たとえごく少数であっても世間の人が心に留めてくれるようになったことは、何よりの収穫であった。

新六たちが勝浦港に上陸したその一ヵ月後の八月三十一日、東京では日本海員掖済会主催による祝賀会が向島の植半樓で盛大に催された。主賓である新六たち四人は襤樓のような漂流当時の服を着せられ、隅田川を商船学校前から、あの生死を倶にした伝馬船に乗り、向島へと遡行した。

花火を合図に船が動きだすと、後に続く八隻の紅白の幕やモールで飾りたてた小船からは「勇敢なる水兵」の演奏が湧きおこった。

万歳! 万歳! 万歳!

沿道の群衆の歓声が隅田川の川面にどよめいた。その熱狂ぶりに新六たちはただ芸もなく、時折、手を振って応えるだけだった。

祝賀会が終わると、松本、安西、中山の三人は一応家に戻ってそれぞれ静養することになった。その頃、新六は知人から虎丸という九十五トンの帆船を借り受けて、南鳥島へ出発する準備に取り掛っていた。その最中、突然意外な知らせが新六に届いた。あの小林船長ら七人全員が外国の捕鯨船に偶然救助されて、現在父島まで来ているという。

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航海に明け暮れるそんな多忙の新六に、降って湧いたような朗報が齎された。

 

 

 

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