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一ヵ月が経った。

イライザ号は相変わらず海水に浸かったまま寒風にさらされていた。船の積み荷は手付かずのままだ。積み荷を警戒して奉行所の番船が数隻常駐して見張っているが、毎日のように物見高い連中が船を仕立てて見物にやってくる。せめてイライザ号と同じ大きさの船が二隻、いや一隻でもいたら、沈没船を吊り上げて運ぶことが出来るのだが、あいにく長崎の港に出入りする船はいずれも小さかった。最大級の日本船は千石積だ。これは我々の計算で約百五十トンに相当し、イライザ号の四分の一しかない。中国のジャンクなら、その二倍ほどあったが、彼らに協力の意志はなく、あっても法外な費用をちらつかせるので頼めなかった。

俺たち乗組員は近くの木鉢浜(きばちはま)に急造された仮長屋に押し込められていた。船長の俺だけは現場と出島を駆けずりまわり、船の引き揚げを画策していた。このままでは俺は傭船料一万三千ドルを貰えないだけでなく、積み荷の損害を全て弁償しなければならない。

まもなく一七九九年を迎えるクリスマス・イブの晩だった。俺は出島にラスを訪ねた。ラスは珍しく上機嫌だった。

「船長、喜んでくれ。奉行所から知らせがあった。船の引き揚げに志願者があったそうだ」

 

 

 

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