日本財団 図書館


その後、門限を心配するラスが俺の尻を叩くまで、俺はキウエモンと互いに海の男同士の話を続けた。すっかり打ち解けた我々が、そろって茶店を出たときは、まだ宵祭の喧噪は続いていたが、夜空にきれいな秋の三日月がかかっていた。

 

 

その後、十日間が慌ただしく過ぎて、キウエモンとの事はなかば忘れかけていた。

規則ではオランダ交易船は九月二十日までに出港しなければならない。それなのに肝心の積み荷が出島に到着していなかった。積み荷のほとんどは樽に詰めた樟脳(しょうのう)と、棒状の銅である。船長としては重い銅の樽を船底に積み付けたいから、樟脳の積み込みを控えていた。俺が交わした傭船契約では積み荷の内容量は関係ない。出島の商館が積み込む荷物を安全にバタビアヘ運べば、一万三千ドル相当の砂糖やコーヒーを貰うことが出来る。その品物を別な土地へ持って行って売り、また珍しい品を仕入れるのだ。とにかく海が荒れる前に東シナ海を通過したい。

俺は出島にラスを訪ねた。

ラスは商館長の屋敷にいた。去年、俺が来たときの商館長はヘンミー氏だったが、その後彼は江戸へ旅した帰途、急病で亡くなったという。おまけに留守中、出島は火災で大部分が焼けてしまった。本国からの支援も途絶えたオランダ人たちには災難続きの年になった。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION