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膳の上には茄でイカを小さく切って白いネギと酢味噌であえたものとか、鯛のサシミ、ハマグリのコンソメみたいな吸い物がのっている。どれも量が少なくて貧弱だが、ユニークなデザインの皿小鉢とデリケートな飾り付けが実に印象的だった。

女たちが手早く男の杯に温かい酒を満たす。それがゆきわたった頃合いに、下座の男が座ったまま、少し前へいざり出て一礼すると、

「はばかりながらご挨拶を申し上げます。手前は防州櫛ケ浜の漁師で喜右衛門と申します。日頃この長崎の地で商いをさせて頂いておりますお礼に、本日こちらのお諏訪さまにお参りをさせて頂き、皆様とお眼にかかったわけでございます。こうしたご縁も神様のお計らいでございましょう。不躾とは存じますが、ご一緒にお御酒を楽しませてくださいまし」

キウエモンの口上はタキチロがオランダ語で通訳してくれた。俺はオランダ語が苦手なので、ラスが耳元で英語にする。

サムライたちはキウエモンの挨拶が済むと一斉に杯を干し、酒盛りが始まった。女たちは男たちの杯が空にならぬよう、忙しく酒を注いでまわる。温かい酒に馴染めない俺は冷たい酒をもらうことにした。

キウエモンが座ったまま俺たちの近くに前進してきて、酒の徳利を差し出した。

「お見かけしたところ、出島の甲比丹(かびたん)と紅毛船(こうもうせん)の船頭さんかと存じますが、一献どうぞ」

 

 

 

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