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講演録

聴くことの力

鷲田清一 WASHIDA KIYOKAZU

 

1 ケアと距離 〜セルフケアをケアする〜

私たちはケアの現場で、「自分にいったい何ができるだろうか」とか、「いま一生懸命やっているけれど、これでいいんだろうか」「もっと別にしなければならないことがあるのではないだろうか」と、自分が行っている営みについて考えがちです。しかし、「する」ということばかりでケアを考えていいのでしょうか。「何かをする」のではなくて、「何かをしない」「何もしない」というような形で相手に関わるケアというものがあるのではないでしょうか。一見受け身に、あるいは無為にすら見える他人との関わりが、実はケアという問題ではかなり本質的なこととして含まれているのではないかと考えています。

そこでまず、一人ひとりの人が生きるということ、それ自体がひとつのケアではないかと考えます。生きるということは「自分をケアすること」、具体的には心であれ体であれ、それを自分でケアすることだと考えられます。

たとえば髪を梳(くしけず)る、お風呂に入る、食事をする、そのためには買い物をしなければならないし、料理もしなければなりません。トイレに行く、本を読む、音楽を聴きたいと思ったときにCDを探しに行き、それをデッキにかけるなど。そういう意味で「自分をケアすること」が、生きるということの基本的な形だと言うことができます。

通常「ケア」と言われる「他人のケア」は、そういう自分のケア、セルフケアが自分で充分にできない、あるいはほとんどできない人たちのセルフケアを、何らかの形で支えたり、援助したりすることだと思います。

 

 

 

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