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他者との関係性から抜け出せない以上、「他者を傷つけないで生きる」ことは難しいことです。他者を傷つけず、自らの権利を侵害されずに生きていくことは、現代社会では不可能です。そうであるならば、私は、他者を傷つけない方法を模索するよりも、自分が存在し、行為することで他者を傷つけることを積極的に認めて生きていくことを出発点にしてしまった方が、思い悩むことが減るのではないかと思っています。

開き直りといってしまえばそれまでですが、自分が存在し、自分が行為することで誰かを傷つけてしまうのならば、自分が傷つけた人やものを癒すために、自分が新しく存在し直せばよいのではないか。他者を癒すような行為を行えばよいのではないでしょうか? 好き好んで他者を積極的に傷つけようと考えている人は、それほど多くないはずです。ふとした言葉や行動が、誰かを思わず知らずに傷つけてしまうことは、よくあることでしょう。

問題なのは、そうした発言や行動で傷ついた人をどのように癒すかということにあると思います。このとき忘れてならないのは、私たちが存在することで、誰かを傷つけているだけでなく、誰かを勇気づけ、誰かの支えになっており、誰かが私たちのことを頼りにしているということです。私たちの存在は、他者を傷つけてしまうと同時に、他者を癒し、他者を支えているのです。そして、それこそが、<存在することのケア>と言えるのではないでしょうか。

私たちは、<そこに>いるだけで、自らも癒され、他者を癒すことができる。その意昧で、<存在することのケア>とは、私たちが自分だけでなく他者をも傷つけてしまう存在であることを積極的に引き受けたうえで、それでもなお、私たちの存在の関わりのなかで他者を支え、勇気づける関わりを実践することです。私たちが生きるということは、生きることの辛さと悲しみを背負いながらも、他者と関わるケアを実践することで生きる喜びを見出していくことなのだと思います。

 

森村修

1961年生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。現在は、法政大学国際文化学部助教授。著書に『ケアの倫理』(大修館書店)。

 

 

 

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