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(展望)

 

エネルギーシステムの将来展望

山地憲治

 

1. エネルギーとは何か?

エネルギーという言葉は一般には活気や精力等の類語として定性的な表現に用いられるが、物理学的には定量的に評価できる厳密な定義がある。物理学上の定義によれば、エネルギーとは力学的な仕事に換算し得る諸量の総称である。つまり力学的仕事をなし得る能力の意味であり、元来は位置や速度を持つ物体の能力として定義されたが、その後、熱、光、電磁気、さらには質量そのものもエネルギーの一形態であることが明らかになった。

日常生活においてエネルギーを身近に感じることができるのは熱という形態である。エネルギーの単位としてよく使われているカロリー(cal)は、歴史的には、1気圧の下で純水1グラムの温度を摂氏14.5度から15.5度まで1度Cだけ上げるのに要する熱量として定義されていた。これに対して、物理学上の定義の基本となる力学的仕事は、力(ニュートン、N)と力の方向に動いた距離(メートル、m)の積として定義され、ジュール(J)という単位が使われる。この2つの単位の間には、1カロリーが約4.187ジュールという一定の関係があり、今では、カロリーはジュールからの換算係数によって定義されている。このように異なるエネルギー形態の間には一定の変換係数があり、エネルギーの形態は変化してもエネルギーの総量は一定に保たれる。これをエネルギー保存の法則、あるいは熱力学の第一法則と呼ぶ。

皮肉なことに、科学としてのエネルギーに関する最も基本的な法則であるエネルギー保存の法則は、我々の実感からかけ離れている。私たちが「エネルギー問題」という時のエネルギーは、使えば減る貴重なエネルギーである。第一法則によって保存されるエネルギーは使っても減ることはなく「エネルギー問題」で危倶されるエネルギーの不足など永久に起こるはずがないことになってしまう。つまり、人間社会で問題になっているエネルギーは科学的に定義されるエネルギーとは異なるものである。厳密にいえば、「エネルギー」は消費されることはなく、変換されるだけであり、消費されるのはエクセルギーなどで定義される「有効エネルギー」である。「有効エネルギー」の定義には、次に述べる熱力学の第二法則が重要な役割を果たす。エントロピー概念を比喩的に使って表現すれば、「有効エネルギー」は石油や石炭、太陽エネルギーなどの低エントロピー資源から得られる。われわれは一般にエネルギー消費量をカロリーなどの熱量単位で計量するが、これは「有効エネルギー」の消費量を石油や石炭など低エントロピー源物質の消費量として計量し、それを発熱量のエネルギー単位によって便宜的に表記していると理解すべきである。

エネルギー保存の法則は、一つのエネルギー形態から他のエネルギー形態へ、その一定の変換係数で100パーセント転換できることを保証するものではない。例えば、力学的仕事はすべて熱に変えることができるが、熱をすべて力学的仕事に変えることはできない。これは熱は高温部から低温部へ流れるという自然法則から導ける結論であり、エントロピー増大の法則、あるいは熱力学の第二法則と呼ばれている。つまり、エネルギー形態の間には質的な差異があり、力学的仕事が最高の質を持ち、熱は一般に高温になるほど質が高い(厳密にいえば、熱の捨て場との温度差が問題になる)。

 

※ 東京大学新領域創成科学研究科・教授

 

 

 

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