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基調講演 『里山から環境林・文化林へ』

姫路工業大学 自然・環境科学研究所

兵庫県立人と自然の博物館

服部保

 

はじめに

近年身近な自然の保全、生物多様性の保全といった視点から『里山』が注目され、里山の維持・管理が様々な形で進められようとしている。本講座では『里山』の定義から始め、里山の果たしてきた役割、里山の現状、今後果たすべき里山の役割、里山の目標とすべき樹林タイプと里山の管理方法、兵庫県が進めている里山林整備事業などについて解説し、環境林・文化林としての里山の再生についてお話ししたい。

 

『里山』とは

『奥山・おくやま』、『深山・みやま』といった人里から遠く離れた山地を意味する用語は古典にも載せられているように、平安朝の遠い昔から用いられている。奥山、深山に対して人里近くの山をイメージさせる『里山』という用語も同じように古くから用いられているように思われるが、広辞苑などの辞書にも載せられていない。近年きわめて一般的に使用されているこの『里山』を造語したのは京都大学名誉教授の四手井綱英氏と言われているが、18世紀に寺町兵右衛門が造語したとも言われている。『里山』とは、林学上よく用いられる『農用林』と同義であり、農家の近くの丘陵や低山地に広がり、農業を営むのに必要な薪炭を中心として堆肥、木灰、木材などを生産する樹林と定義される。雑木林(夏緑二次林・落葉広葉二次林)、アカマツ二次林、照葉二次林、硬葉二次林といった薪炭林(二次林)を優占林として小規模のスギ・ヒノキ植林、神社・仏閣に残る小さな照葉自然林、自家用の竹材や筍採取のための小竹林まで含んだ、人里近くの様々な植生の複合体が里山ということになろう。

 

里山の果たしてきた役割

薪炭、堆肥、木材、木灰などの多面的な生産機能をもつ里山ではあるが、もっとも重要な機能は燃料の生産である。燃料を長期的・安定的に確保するためには、自然と調和した技術が必要であり、里山の利用方法は各々の地域ごとに、長い年月をかけて経験的に確立したと考えられる。薪や木炭として利用するために、林冠木のコナラ、クヌギ、アベマキ、アラカシ、ウバメガシなどは10年から20年の周期で伐採され、また林床の低木類(柴)も燃料とするために、数年に1回程度刈り取りが行われた。自然条件によく調和した里山管理は、里山の豊かな自然性や風土・景観などの醸成という点についても大きな役割を果たしてきた。その結果、里山は和歌や俳句また絵図にみられるように、サクラやモミジを楽しむレクリエーション場としても機能し、また多様な植物から構成される里山は、生物多様性を維持する場としても大きな役割を担ってきた。さらに、各々の地域ごとに、特色のある管理方法で維持されてきた植生景観は、その地域のシンボルや地域景観として定着し、地域の風土性や文化を生む大きな力となっている。特に北摂一帯に広がるクヌギ林・台場クヌギ林は、数々の古文書にも記されているように、北摂の景観要素として素晴しいものである。人は、自然植生を破壊して里山を形成してきたわけではあるが、里山は人の利用と自然の回復力の調和によって生み出されたものであり、日本の文化を育んできた自然の基盤であったと考えられる。

 

里山の現状

里山は今まで述べてきたように主として燃料生産のために維持されてきたが、昭和30年代後半に始まる燃料革命や化学肥料の普及に伴って、里山はしだいに利用されなくなり、近年では完全に放置されている。放置されることによって、里山は大きく変貌し、かつての里山景観がゆっくりと消滅してゆく。里山の変貌は以下のようにまとめられる。

 

 

 

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