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この症状下にいるときは軽いせん妄状態で、自分の家や家族がわからなくなり、非常に不安なのです。その時にもっとも安心できるのは自分の家です。だから「家へ帰りたい」と言うのでしょう。それに対して「ここがあなたの家です」という説得とか、生家はここだといって連れていくことは、必ずしも適切とはいえません。本当に家に帰りたい人には適切な対応でしょうが、夕方症候群では、本人がいまの状況に安心できることが求められているのです。だからこそ、ある人が家の周りを一周してくるとか、「迎えがきますから待っていましょう」という対応が有効なのです。

しかし、それだけでは解決しないことがあります。それは、「待っていましょう」と言えば落ち着くけど、せん妄状態ですからすぐにまた不安になり同じことを言ってきます。その場合は、「お茶でも飲んで待っていましょう」とか、「洗濯物をたたんで下さい」などと、具体的な形で当面の生活に取り込まれれば、落ち着きます。それがこの症状に対する対応の基本的なポイントなのです。

このように夕方症候群はせん妄という脳の症状によると考えられますから、本人の言うとおりに生家に連れていくとか、仕事のまねをさせる必要はないのですが、せん妄状態における不安困惑への心理的なアプローチは大切です。前にみたように、家族は彼らの生活の中で巧まずに適切な対応を工夫していることが多く、私たちのほうが教えられます。それらは彼らの考えやそれまでの関係を映し出しています。

ある家族は、夕方症候群については十分に理解したのですが、それでも本人のいうように生家のある田舎に連れていきたいと、家族そろって車で数時間かけて母親の郷里に行きました。生まれた家に連れていったけれどわからず、口癖のように言っていた有名な滝の前に立ってもそれにも関心は示さなかったそうです。しかし、家庭はこれで納得できた、もう思い残すことはないとニコニコと報告してくれました。家族のかかわりを間違っているとか、そんな必要はないというよりは、家族なりのかかわり方があるということをこちらも認めるようなスタンスが大切なのだと知らされました。

 

 

 

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