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アルツハイマー病ではこのちぐはぐさは、何も記憶に限ったことではありません。痴呆というのは、“欠落と保持”がきわめてちぐはぐなのです。ある人は初期から失禁したり、トイレもわからない。ところが別の人は、家族の名前もわからないほどに痴呆が進んでも、トイレはちゃんと自分で行っている。このように一人一人の障害のあり方は実に多様です。ですから、何ができないかということ(欠落症状)だけではなく、その人は何ができるかということ(保持)を把握する必要があります。保持しているところをきちんと認識することは、痴呆の人の生活をとらえる上では非常に重要です。

 

自己認識が欠落

アルツハイマー病の人のもう一つの特徴は、自分の欠落症状をほとんど気にしないことです。要するに自分についての認識が障害されています。先ほどの電話の例でいいますと、血管性痴呆の人や老化現象で忘れっぽくなった人は、今日の電話を思い出せないと、それ以降それを気にしてメモをつけたりします。自分の障害をきちんと認識して対策を考えたり、また自分はだめになったと非常に抑うつ的になったりする反応があります。

ところがアルツハイマー病の方は、指摘されると「私もだいぶ忘れっぽくなりました」とはいうわりには、気にしない。

それは、気楽になるという感情的な問題を通り越して、自分の状況についての認識が正確にできなくなっていると考えたほうがいい。これは病識(これは分裂病でよくいわれます)という自分の病状についての正確な認識ができているかできていないかという点からいうと、アルツハイマー病の人は、根本的にここに障害があります。たとえば生活史とか家族の状況を聞いて、かなり忘れていると、本人も「忘れっぽくなった」と弁解したりします。そういうときにはさらりと「お年だからしょうがないですよ」などと受け流して、それ以上追求しない。

 

 

 

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