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科学的にいえば私たちはすべて終わりの遺伝子をもって生まれてくる。そうした中でいちばん大切なものは私たちのこころです。そのひとつは知・情・意という大脳の働きによる知的な判断力によるものです。もうひとつは私たちの感性です。その中にはspiritsという重大な役割を担うものがあります。からだという器は中に入れる水のためにあるのです。ですから、器はたとえ欠けたり、ひび割れたりしたところがあっても、水が清ければそれでよいのです。人間には何が大切かというと、目に見えないものがいちばん大切なのです。それは、器に入れた水にたとえることができます。その水はあふれたり、漏れたりしてまた大地に還り、それはまた樹の栄養となって葉を繁らせ、雨となって地を潤すのです。このようにいのちは循環しているのです。私たちの死もこの循環の中の一つとして存在しています。

すべていのちあるものの中にあって、考えること、感じること、そして感謝することは最後まで人間に与えられた特権です。みなさんはそういう方々のこころを支えることができなければ、どんなテクニカルなケアをしても、それは十分なケアとはいえないのです。

人間は病気によって変化を遂げます。しかし、病いの中で人はリバイバルするのです。夏目漱石は、修善寺の大患といわれる大吐血をしたときの経験から「私は病のうちに生き返った。私は善人になろうと思った」と書いています。病いを得たそのチャンスをいかによい条件として生かして、生きるということについて考え、感じられるように、病人をもっていくようなケアこそが必要なのです。

フランスの哲学者ベーヌ・ド・ビラン(1766〜1824)は「悩まない時には、人は自分自身をほとんど考えない。病気あるいは反省の習慣が我々のなかに下りてゆくことを我々に強いることが必要だ。

 

 

 

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