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ひとつは有名な「善いサマリア人」(ルカ福音書)のたとえです。ある旅人が強盗に襲われ瀕死の状態で置き去りにされていた。そこを通りかかったユダヤ人仲間の祭司たちは見て見ぬふりをして行ってしまった。結局この人のいのちを救ったのは仲間ではなく、ふだんは仲たがいしていたサマリア人であった、という話です。このサマリア人は瀕死の旅人を見て「憐れに思い(10章33節)」とあります。これがスプランクニゾマイです。断腸の思いを抱いた。共苦した。それが彼を愛の行動に押し進めた転換点となったというわけです。

もうひとつの例は、これまた有名な「放蕩息子」(ルカ福音書)のたとえです。父親にせびった財産を放蕩のかぎりを尽くして使い果たした息子は、豚の餌で飢えをしのぎたいと思うほどになって悔い改め、もはや息子としてではなく雇い人として使ってもらおうと決心し、よれよれの姿で実家を目指します。その姿を遠くに見た父は「憐れに思い(15章20節)」、つまり断腸の思いで、共苦の念を抱いて走り寄り、変わり果てた息子を抱きしめ、接吻をして受け入れてくれたと書かれています。

神を離れ罪を犯した人間に、父なる神はどんな思いでどうかかわるのか。人の痛みを自らの痛みとし、断腸の思いで共苦し、あるがままの姿で無条件に抱きとめてくれる、というのです。

苦しみを契機にして放蕩息子は我に返った。その苦しみを共に担うことで、父親は息子と和解し無条件に受容する。

ここでは「苦しみ」と「共苦」とは、もはや罪に対する罰でも、因果の報いでも、孤独と絶望のきわみでもなく、人と人とを深く結ぶ恵みのきざはしとなっているのです。

 

 

 

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