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ベラー氏は約一時間にわたって講演した。最初、五十年前発刊された自らの著書"徳川時代の宗教"にふれ、「私は今でも、梅岩と心学は、今日の私たちに多くのことを教示してくれると確信している」と述べ、ついで、「梅岩は徳川の階級序列を自分の中に受け入れ、各自が置かれた地位で義務を果たすように熱心に説いた。しかし、梅岩は、人間の間に本質的な違いはないと考えた」と、梅岩の人間性を述べ、また、「梅岩は、抑圧的で閉鎖的な徳川幕府の下で生きてきたが、同時に開国主義の精神に囲まれていた」と、自立の人、梅岩の立場を述べた。

ベラー氏はさらに、"徳川時代の宗教"の弱点にもふれ、「この本の中で、富と力の蓄積そのものは良いことであると仮定して、道をそれてしまった。自分本位の富と力の蓄積からは、良い社会は生まれないどころか、むしろ発展し得るどの社会にも必要な条件を害するということに気づかなかった」と自己反省し、今日の日本が直面している難問とは、「経済がもはや主人公ではなく、本当のよい社会のしもべでしかない社会を創りあげることである。つまり、限りない経済成長ではなく、他の人を奮起させるような素晴らしい生活の形を創造し、環境や住民を守り、尊重する社会を建設すること」と主張。そして最後に、「21世紀に成功する社会のモデルはない。それぞれの国が自分の道を探さねばならない。その意味において、日本でよい社会を探し求める上で、心学はまだ発言権がある」としめくくって、参加者に大きな感銘を与えた。

ベラー氏の講演を受けて上田委員長が立ち、「ベラー先生のご講演は、21世紀の日本を考える上で多くの提言がふくまれていた。また、五十年前に書かれた名著"徳川時代の宗教"について、ご自分の近代化理論の弱点を自己批判され、大変感銘を受けた。先生に厚くお礼を申し述べたい」と挨拶。その後、十分間の休憩に入った。

午後三時十分、第二部のシンポジウムに入った。休憩時間中に、先の講演に対して、参加者から質問をつのったところ、十四通寄せられた。これらの質問が、シンポジウムの中におり込まれて、ベラー氏の解答を得たが、誌面の制約で紹介できないのが残念である。

最初に、コーディネーターの上田氏から、「これから、三つの問題を討論したい。一は、今なぜ梅岩か。二は、かつて盛んであった心学がなぜ衰退したのか。その理由。三は、21世紀を我々はどう考えるか、である」とテーマが示され、まず最初に、稲盛氏に、「先の講演をふまえ、心学と梅岩について思うことを述べてほしい」と、発言を求めた。

稲盛氏は、「ベラー先生のご講演は素晴らしく、ここ数年聞いたことがないほどの感銘を受けた。自分が梅岩の思想にふれたのは、創業して悪戦苦闘している時であった。当時の社会通念では、学者や文化人、政治家、官僚などが、私たち商人(あきんど)より地位が上で、私たち商人は見下げられた状態にあった。仕事を通じて社会に貢献したいと考えていた私には、それが苦痛であった。その頃、江戸時代に"商人の道"を説いた梅岩先生を知った。その教えによれば、"商人はいやしいものではなく、商人が利を求めるのは、武士が禄をはむのと同じである"として、商人道の正当性を、あの封建性社会の中で称えて商人に誇りをもたせた事を知った。

 

 

 

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