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我輩はネコが好きでした。ところが十二匹のネコを、ぜんぶ並べて、その前でいろんな変な顔をしてみせたんですが、一匹も笑ってくませんでした。もしかしたらみんなドイツのネコでしたから、ドイツ人と同じようにあんまり頭がよくなくて、私の実験の目的を十分にわかってくれなかったのかもしれませんですね。そのとき、私は「ああ、人間は笑うことができる。なんてすばらしいことなんだ。ユーモアは神様からいただいた、もしかしたらいちばん貴重な能力かもしれない」と思いました。

ところが、私は四国のある大学の医学部でこのネコの実例をあげましたら、一人の医学生が手を挙げて、「先生、私のネコは笑うことができます」と言ったんですね。四国のネコは大したもんですねえ。イヌもネコもいろんな感情を全身しますが、人間の顔の表情ほどの豊かさはありませんね。人間は顔の表情だけでも「アイ・ラブ・ユー」を伝えることがでます。それはホスピス的なケアをする上でも大切ですね。最後まであたたかい思いやりを示すために、微笑みとか笑顔とかユーモアはとても大きな役割をもっています。

ドイツ語で有名なユーモアの定義は「 Humor ist ,wenn man trotzdem lacht. 」と言います。ユーモアとは、「にもかかわらず」笑うことであるという意味です。すばらしいと思いますね。私は今苦しんでいる、にもかかわらず、相手に対する思いやりとして笑顔を示すということは大切ですね。

私はときどきテレビでユーモアについて話しをしました。たとえば、今の学校でいじめや校内暴力が起こる原因の一つは、全体の雰囲気がまじめすぎることでしょう。先生方のほうにもユーモア感覚が乏しいと、どうしても緊張した雰囲気になって、暴力やいじめも生まれるんじゃないでしょうか。私がときどきそんな話をしましたら、「ユーモア感覚のすすめ」として中学校の教科書に書いてほしいと頼まれました。しかも国語の教科書ですよ。「ええっ、私みたいな外国人が国語の教科書で書くのは冗談じゃねえか?」と言ったんですが、これも一つの挑戦ですから一応書きました。中学の国語のIIに載って、全国で6年間、毎年使っていました。今はもう使われていませんが。そのとき、中学校の教科書ですから文部省の認可が必要でした。文部省は非常にまじめに私のユーモアを分析したそうです。そこで、大問題になったのは最後のページでした。私は当然アルフォンス・デーケン(上智大学教授)と書きました。ところが、文部省が心配したのは、中学生がこれを読んで、あとでみんな上智大学に入りたいんじゃないかということでしたね。結果として慶應と早稲田もつぶれますし、まじめな東大も困ります。ですから、安全第一で上智大学を消しました。今書いてあるのは「アルフォンス・デーケン。ドイツに生まれ、現在は日本で生活している」と不安になっています(笑)。これで慶應と早稲田も安心しましたね。

 

 

 

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