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しかし、これから自分たちが経験させていただくことは、医学を学ぶに当たって大変に重要な過程であることに思いが至り、この感覚は荘厳と表現すべきではないかと思いました。

本当に圧倒されました。私は医家の生まれでもあり、本に掲載されている解剖の図や写真などは見なれておりました。それなのに圧倒されたのです。恐怖心ではありません、驚いたのです。人体構造の素晴らしさに。人体の構造は、決して教科書通りではありませんでした。一人一人の構造がみな微妙に違うのです。複雑ですが理にかなった構造に、感激を覚えました。実習は発見の連続だったのです。

しかし、学問的にだけ感激を受けていたのではありません。日常的には見ることの少ないご遺体を前にして平常ではいられませんでした。解剖実習が進むにつれ、自分たちが解剖をさせていただいている方は生前どのような人生を送られたのであろうか、どのようなお人柄の方であったのだろうか、などと考えるようになりました。そして、行きつく答えはいつも同じでした。「美しい」と私は思いました。未熟な私ですが、死後の選択もまた人生であるように思います。自分の死後もその安寧を願うのが普通ですし、ご遺族にとっても辛いことを決心されたことを思いますと、尊敬と感謝の念で一杯です。これが美しいと思う所以です。

解剖が終わり、ご遺体に黙祷をささげたとき、心の中に自然と「おつかれさまでした」と言う言葉が涌いて来ました。

 

 

 

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