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しかし、国連海洋法条約の発効を受けてわが国の海洋法制にも一定程度の整備がなされ、今後国際的な海洋法秩序の担い手としてわが国が積極的に係わってゆくことを想定した場合に、海上における行政警察作用の領域については、正面からの議論がどうしても必要となろう。また、海洋国家たるわが国において、四周をとりまく海洋における海上保安活動を中心とする法執行活動が国益の最も重要な部分に係わっていることは明らかであるにもかかわらず、海上おける行政警察作用(に相当する行政作用)に関する議論は現在のところ非常に少ないものにとどまっていると言わざるをえない。そうであるとすれば、もともとわが国の警察法の源流であり、かつ現在でも行政警察と司法警察の理論的区分を維持しているフランス法において海上警察として論じられているものの中身を検討しておくことは、日本法への一定の示唆をもたらす可能性が大きい。

さらに、やや付随的ではあるが、国連海洋法条約の正文としてフランス語版があることも、日本の国内行政法研究者という筆者の立場から海上警察の法概念を検討する場合に、フランス法を比較対象とすることの理由のひとつということができる。すなわち、条約中の諸概念について国内法に咀嚼して取り込むという作業をするときに、 フランス語と英語を突き合わせてみることによって、一定の手掛かりが得られるの可能性がある。例えば、国連海洋法条約においてenforcementという用語が用いられている場合に、これに対応するフランス語の条約文を見ると、一般的には「執行する(mise en application)」という普通の表現が用いられているが、同条約224条・225条では、「警察(police)」という概念に置き換えられている。このことは、enforcementという法概念をフランス法における特定の用語に置き換えるのが難しいということを窺わせる。そして、これは、日本の国内行政法理論においても、enforcementに対応するの概念設定が難しいことと共通の問題がある言える。すなわち、海洋法条約でenforcementとされるもののうち、フランスにおいてその一部のみが「警察」概念に対応させられるということは、海洋法条約との関係で、同じ大陸法系に属する日本とフランスとで課題を共有しているという可能性がある。いずれにしても、英語を共通言語に用いて法律上の議論を行うことは、それ自体、アメリカ法の概念・法思想の体系によって規定されたものとなるが、他方で、日本の国内行政法の体系及び基礎概念は、大陸法によって決定的に規定されている。

 

 

 

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