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漂流中の話と体験

 

池野 救命いかだ内に英語で書かれた「サバイバルブック」があったのでこれを一等航海士に読ませて皆に聞かせました。私からは、以前に読んだ本から得た知識を聞かせました。特に印象に残っていた「実験漂流記」というフランスの若い医者が書いたもので「海で毎年多くの人が死んでいる。大体十日ぐらいで死に出すが、体力ではなく気力がなくなって駄目になるのだ」と言って自らが大西洋のカナリー諸島から帆のついたゴムボートでカリブ海のあるところに漂着するまで四十何日間を最後まで積んでいた水と缶詰に手を付けず生き延びているのです。この間どうしていたかというと、釣った魚から水を搾ると真水がとれるのでこれを飲料水とし、搾りかすの肉を食料としたのです。人間一月ぐらい食べなくても死ぬものではないということが書かれていたのです」。ですから食べなくても簡単に死ぬものではないことを全員に言って聞かせました。ただ水はそうはいかないので雨水とかを大切にすることを話しました。

「たか号」というヨットの遭難体験記で、生き延びた人が自分の尿を飲んで水の代わりにしたということも聞かせてやりました。そして、自分たちもこの先水がなくなった時に備えて自分の尿を飲んで試しておくようすすめまして、私はじめ全員が飲んでみました。

本誌 自分の尿を口にしてみてどうだったですか。

池野 私のは少し塩分を感じたのでひょっとすると喉が渇くのではと思ったりしましたが、多くのものはさほどではないといっていました。それと尿の量ですが、水は少ししか飲んでいないのですが、大体飲んだだけの量が出てくるのです。飲んだのと同量の尿を飲むとまた同量の尿が出てくるといった繰り返しだとするとかなり長くもつのではと考えたりしました。

本誌 それは貴重な体験でしたね。

池野 ですからサバイバルは根性もありますが、そのような知識も重要だと思いました。

 

精神面の支え

 

本誌 漂流中に乗組員が精神的に動揺することがなかった要因は何ですか。

池野 日本人二人、フィリピン人十五人という中で、言葉の点でも不自由ですし、私があまりうるさくいうとかえってトラブルになってはと思い、腹心の一等航海士に言わせるというやり方をしました。それから、フィリピン人全員が敬けんなクリスチャンだったことが大きな要因として考えられます。毎日夕方になると一等航海士がお祈りを始めると皆もお祈りをするのです。私は無宗教なのでよく分かりませんが、見ていて明らかに心の安定を保つために効果があったように思います。

本誌 フィリピン乗組員のリーダーは一等航海士ということですが、他の乗組員からの信頼は厚かったのですか。

池野 一等航海士は本船で二等航海士をしていて私が買っていた男です。一等航海士の交代が来るというときに交代を断ってこの八月に昇進させたばかりで、歳も若く経験もまだ浅いのですが、私も下船までによく教えておこうと教育していた最中でした。いい男で他の乗組員ともうまくいっていたと思います。

 

船酔い以外なし

 

本誌 体調を崩したり、発熱するような人はなかったですか。

池野 最初はボートの揺れで五人ぐらいがひどい船酔いで、海賊がくれた食べ物も食べられず、ぐったりしていましたが、二日ぐらいで船酔いもなおり、次第に元気を回復しました。それ以外では体調を崩すものはなかったです。やせ方も大したことはなく、私だけは後で計って一〇キロもやせていましたが、他の者はそう変わらなかったようです。この点不思議でした。エネルギーの温存のためほとんど寝ているような生活だったこともありますが。

本誌 夜は寒くはなかったですか。

池野 夜も二五度ぐらいあったので寒くはなかったです。昼は暑いのと、着替えもしていないため気持ちがわるいので、あまり体力が消耗しないことを条件に海水につかって体を洗わせました。

 

 

 

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