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「中学二年生なんです。本当は彼女一人でも弾けるんですが、30分もあるから可愛そうですからねえ。私もいっしょにやりました。長時間で本当に大変でしたが、子どもたち、30分もただ座らせておくのもナンですから……」

退揚の演奏も終えた時、先生はニコニコ笑いながら話してくださった。

さて、開演。舞台から客席を見てビックリ。体育館のズッと後ろまで車椅子だ。

これなら、入場に30分かかるのも納得できる。でも、何列も並んだ車椅子の後ろの方からでは舞台が見にくかったに違いない。本当に申し訳なかった。こんなことなら、体育館のステージの上で演じた方がよかったのになあ。反省しきりであったが、後の祭りであった。

見づらい分、せめて声だけでも、せめてこの心だけでも、届いてくれただろうか。

 

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元気よく手を挙げて劇に参加

 

九月七日(火) 曇り。

新潟県立月ヶ岡養護学校。

西日本に甚大な影響を与えた台風が、熱帯低気圧になって日本海を通過中。蒸し暑い朝だ。

八時に学校に着くと、もうすでに登校してきた生徒が何人かいた。

体育館に足を踏み入れた途端である。「ウワアー」と大声をあげ、両手を広げて突進してくる大男がいた。それは決して襲いかかってくるというのではなく、何年かぶりで再会した親友を迎えるような、あるいは、サッカーでゴールしたチームメイトを祝福しに走ってくるような雰囲気だったのだが、一瞬、どうしようかと思った。抱きとめるべきか。しかし、相手は180センチはありそうな大男、それにかなりのスピードである。抱きとめるのは無理。逃げた。

ここは知的障害の子が多い。しかし、全員明るく元気だ。廊下で擦れ違うたびに「オハヨー !」。控え室の前の廊下から中に我々の姿が見えると「オハヨー !」。その都度、こちらも「オハヨー !」と返事をするのだが、通りかかる子が全員「オハヨー !」なのだ。しかも往復。まるで尾瀬の木道で中学生の団体と出会った時のようである。仕方なく廊下側の窓を閉めさせていただいた。

本番中もメチャメチャ楽しんでくれた。児童生徒125名、教員85名、保護者15名の客席と舞台が呼吸ピッタリ。打てば響くといった感じである。最高のお客様たちであった。

終演後、バラシに体育館に戻ると、片隅の平均台に男の子が一人で座っていた。タオルで目を押さえて泣いている。高等部の子であった。先生がいくらなだめて連れて行こうとしても、動こうとしない。

「劇団の人が帰っちゃうのがイヤらしいんです。ここにズッと居るって言うんですよ。もう次の授業が始まってるんですがねェ」。

とうとう先生も根負けして、教室に戻ってしまった。

彼は、バラされていく舞台を最後まで見届けて、気がついたら体育館から消えていた。

 

九月八日(水) 曇り時々雨。

福島県立盲学校。

今日は、生徒数24名。教員、保護者を含めてもトータル70名というこじんまりとした客席だ。

こういう客席、私は個人的に大好きである。なにしろ一人ひとりの顔が、手に取るように良く見えるのだから。思わず抱きかかえたくなる。皆、ニコニコと実に楽しそうに観てくれている。

その客席から離れて、体育館の出入り口に固まっている一団がいた。おそらく保護者の方たちであろう。世間話しでもしているのだろうか。

客席は空いているのに何故座らないのか。どうして子どもたちといっしょに楽しもうとしないのか。同じ時に、同じものを観た者同士にしか語り合えないことがある筈だ。子ども向けの芝居だからだろうか。この作品は、大人でも十分楽しんでもらえると思うし、実際そういう評価も貰っている。

NHK教育テレビで「ハッチポッチステーション」をやっているグッチ祐三さんの言葉である。

「子どもが分かるのはもちろんだけど、お母さんが笑うと子どもは分かろうとして一生懸命見るんだよねえ、分かんないところでも。それがいいみたい。コミュニケーションて、そういうところから始まるんじゃないの」。

終演後すぐに、タカ君というちょっと小太りの全盲の子が控え室にやってきた。満面の笑みを浮かべて「とっても楽しかった。すごく楽しかったよ」と言ってくれた。

おかげでさっきまでの憤りもどこかへ飛んでいってしまった。実に単純である。

それで帰るのかな、と思ったらタカ君やおら床に座り込み、飼っている猫の話、おばあちゃんの事、お父さんの仕事の事、先生といっしょに作った暖簾に、ビーズで犬と猫の刺繍をした事など、ずっと話してくれた。先生が呼びに来ても去り難い様子で、握手をし、皆の肩を揉んでくれたのだった。

 

 

 

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