大黒幕が吊り上がると「ウワァーすごい !!」。プロセがわりの柱が立ち上がると「オォー ! かっこいい !!」。もう朝から興奮状態です。
本番前、客席の一番前に陣取った小学生60名は、案の定落ち着きません。遠足の前の晩か運動会のお昼ご飯のような大騒ぎです。
それにくらべて、後方にひかえる中高生82名はキチッと制服に身をつつみ身じろぎもしません。一瞬たりとも見逃してなるものか、といった物凄い気迫を感じます。
この凄まじいギャップ(いや素晴らしいコントラストと言うべきでしょう)は、上演中も続きました。
前の小学生たちは、ワニが歯を抜かれると「ギャハハハ !!」、ヒロ君が転べば「ドヒェー !!」。それでも後ろの中高生たちは一心に舞台を見つめ続けるのです。
これには、さしものいちょう座の面々も一瞬うろたえました。
しかし、そこはそれ、百戦錬磨のメンバーです。なにしろ二年目なのですから。小学生の期待に応えつつ、中高生の気迫を上回る気迫で、素早くギアチェンジ、アクセル全開で立ち向かいました。
教職員80名程を加えても220〜230名という客席数は、私たちにとって決して多い数ではありませんが、流石に今日はため息が出ました。
終演後、まだ興奮の余韻の残る体育館でバラシをしていると……来ました。彼らです。小学生たちが我々の周りで走ったり踊ったり。私の背中にしがみついて離れないタクミ君は、いちょう座に弟子入りしたいと言っています。私は仕方なく彼をおんぶしながら荷物を運ぶはめになりました。
「タクミ君は何の役がやりたいの ?」
「トラ !!」
今回の演目にトラは出てきません。他のメンバーの役を取らないように、彼なりに気を使ったのでしょうか ?
一見してダウン症と分かるタクミ君が、こんなに興奮して大丈夫だろうかと心配になった頃、先生とクラスメイトが迎えに来てくれました。
今度新しいレパートリーを創る時、トラの役はタクミ君のために空けておこうと思います。
これから明日の公演地、山形へ向けて出発します。
九月四日(土) 晴れ。
山形大学教育学部附属養護学校。
生徒47名、教員71名。
今回は驚きの連続であった。
観客が少ないと申し訳ないと思ったのか、近所にある蔵王第一小学校の二年生75名がいっしょに観ることになったという。
まあ、これは驚きと言うほどのことではなかった。どちらかと言えば、嬉しい。一人でも多くの人に「リーダースシアター」を観てもらいたいのだから。
驚いたのは、特別参加のその彼らの態度にであった。彼らは、上演中に、養護学校の子が走り回っても、大声を出しても、誰も過剰に反応しない。それは決して無視するのではなく、まるでいつもの事のように、当たり前の事として、あるがままに受け入れているようだった。
日常的にどの位交流があるのか聞くチャンスはなかったが、凄いことだと思った。私の子どもの頃には考えられないことだ。今の教育現場では当たり前のことだとすれば、私の不明を恥じるばかりだが、驚いた。
「五体不満足」を書いた乙武君のような人が出てきて、彼らのように柔軟に受け止める子どもたちが居て、本当のバリアフリーの世界、ボーダーレスの時代がやって来るのだろう。
終演。中等部の生徒がお礼の言葉。
たどたどしく、注意深く耳を傾けてもなかなか聞き取れない。
彼らはその間ジッと聞き入り、終わると大きな拍手を贈っていた。誰に促されたわけでもなく。
九月六日(月) 曇り。
福島県立郡山養護学校。
八時半、着いた時から、体育館からエレクトーンの心地よい音が聞こえてくる。「もののけ姫」などのスクリーンミュージックが次々と。
決してレコードではない。その証拠に途中で時々止まる。そしてすぐに続けられる。
体育館を覗くと、白髪の、小柄な、優しそうな人が片隅で黙々と弾いていた。
それは我々が仕込み着に着替えている間も延々と続いた。有難い歓迎である。仕込みの間中ずっと弾いててくれるのかなあ、と思ったら、違った。
エレクトーンの紳士は、音楽担当の先生であった。今日の進行係も務めるそうだ。
児童生徒171名。教員153名。入退場に30分ずつ予定しているという。
「入退場の時に何もないと寂しいですからね。せめて音楽でもあれば……」
エレクトーンのまわりにはティンパニーや木琴などの楽器がとりかこみ、隅には先生のものと思われるスチールの机もちゃんとあった。ここは、体育館であると同時に音楽室でもあったのだ。
それにしても、入退場に30分は長過ぎないだろうか。
開演30分前。いよいよ演奏開始だ。見ると、朝は先生一人だったのに、隣でもう一台、キーボードを弾いている少女の姿があった。