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飽食の時代、病気の息子とその母親が誰にも気付かれることなく餓死していたというこの事件は、都会の人間関係の希薄さを物語るものとして全国に大きく報道された。

この母親は実は日記を残していた。「とうとう今朝までで食事が終わった。明日からは何一つ口にするものがない」……。三月十一日の最後となったページまで、誰にも向けられることのなかった心境が細かくつづられていたのが痛ましい。当時、行政への批判が噴出した一方で、地元の人たちに与えた衝撃も大きかった。

「こんなことをくり返してはならない」。そんな痛恨の思いが九つの町会を動かして、地域住民による福祉のネットワークづくりがはじまった。網野さんも参加し、町会の代表者を中心に準備会を重ねて、九七年三月、自主的に発足したのが『福祉ネットワーク池袋本町』である。そしてこの福祉ネットワークが最初に取り組んだのが、一人暮らしのお年寄りの安否を確認するシステムの導入だった。

「身近な生活用具とハイテクを組み合わせて、遠くから安否を見守るようなシステムはできないだろうか」。そんな発想から、網野さんは、家電メーカーやコンピュータのソフトウエア会社に協力を求め、電気ポットや炊飯ジャーといった日用家電を使った「遠隔安否確認システム」の開発にこぎ着けた。

システムの基本設計とソフトウエアづくりを担当した会社はナレッジラボラトリ、ポットやジャーを改造した象印マホービン、いずれも無料で請け負った開発だった。

 

朝日新聞96年5月11日付

【メモ】東京都豊島区池袋本町二丁目にある三階建てアパートの一階の部屋で、四月二十七日、七十七歳の母親と四十一歳の長男の親子が死んでいるのが、見つかった。池袋署などの調べで、二人は約一カ月前に栄養欠乏症で死亡していたことが分かった。

●近くの住民の話では、身なりも小ざっぱりしており、窮乏生活には見えなかったという。煮物をおすそ分けしようとして「いらない」と言われた人もいる。隣の部屋に住む女子中学生は「見かけると、元気そうに笑っていた。普通の暮らしだと思っていた。ひとこと言ってくれれば……」と言葉をつまらせた。

 

 

 

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