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そんなKさんのところに私は、植え替えの花を持って必ず行くことにしている。最初のうちは「きれいな花ね」とか「この花何て言うの」とか短い会話しかしなかったけれど、このごろは、ようやく私を見ると笑顔で「奥さん、久しぶりね。どうしているのかと思っていたよ」と話しかけてくれるようになった。私がKさんに声をかけはじめてから2年である。Kさんは、「ここでは、親切にしてもらっているけれど、やぱり60年も住んでいた神戸がいいね。神戸に帰りたい」とため息をつきながら、「神戸に帰ったって何も残ってないし、失うものは何もなくなってしまったけどね。87歳になってこんな震災に遭うなんて、人生死ぬまで何が起こるかわからない。何が起きてもあるがままに受け入れていくことだね。どこにいようと心の中にある想い出を一つずつ思い出しながら暮らしていくことが今は一番楽しい。やさしいお母さんのことをおもっている時が一番いいね。いいお母さんだったから、お母さんのところへ早く行きたい」と今は会うたびにそんなことを話す。

心を閉ざしているように見えるKさんだったが、自分の生きてきたこれまでの楽しかったことやうれしかったことを心の中から一つずつ取り出しながら、同じ思いで楽しい時を過ごしているのかもしれない。いつかKさんを神戸に連れて行けたらいいなと思っている。

 

 

 

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