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歌を歌い終わると「おねえさまはやさしいのね。私をかわいがってちょうだいね。年を取るとじゃまっこ。うるさがられるわ」と言って、私の手を胸に寄せ「あなたのお手ては、あったかくて気持ちいいわ」「私は、みなさんにかわいがっていただいて幸せよ」とにこやかに言う。そんなやさしい穏やかな言葉を聞いていると、私の心も和み、顔はいつの間にか笑顔になっている。彼女は、それからうつらうつらし始めた。

私が、私の手を彼女の手からそうっと引くと、あらっという顔をして、「ボンヤリしていてよく見えないわ。どうして誰もいないの。忙しいのね」と言い、辺りを見るようにして「みなさん休憩かしら。寂しいわね」「陽気にしていたいわ。だって、寂しいのが一番つらいものね」と言って、しばらく遠くを見つめるようにしていた。それから、また、うつらうつらとしはじめた。私は、ゆっくり彼女のそばを離れた。

彼女の美しく思いやりのある言葉に、忙しくつい笑顔も忘れてしまいそうになる寮母の顔にやさしい笑顔が戻るのをよく見ることがある。年老いて、介護する人への感謝の気持ちをこのようにやさしく言える人は、きっといい介護が受けられる人なのだということを感じるのである。

 

 

 

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