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1. 終身雇用制度、年功序列制

 

まず、“三種の神器”と称されるもの。特に終身雇用制度と年功序列の慣習について。「終身雇用」という語を学術的研究において用いたのは、恐らくJ.C.Abbeglenが最初であろう。2 1958年に邦訳「日本の工場」において、英語の“lifetime employment system”の訳語として、「終身雇用制」が用いられた。「終身雇用」はその後、日本的経営の根幹的特性として市民権を得、学術、一般、そして国内外を問わず、広汎に認知されるに至った。日本企業、特に製造業関連の企業の多くにおいて、Abbeglenによって描かれたような雇用システムが慣行されていることは、不況に見舞われている1990年代をしても、国際比較上、疑う余地の少なきところである。しかし、その後の「日本的経営」関連研究が示すように、正確には、この雇用形態は、「長期」雇用制であり、「終身」ではない。3 日本人の平均寿命が75才を超えるようになってきている現在では殊更、人員を「終身」雇用することは非現実的である。また、業種別にみると、例えば、電気・ガス業関連従事者の離職率は、1987年〜1997年の平均で4.9%であるのに対し、サービス業の同年間平均は16.6%であり、製造業であっても「消費関連」の従業員の離職率は、同年間平均で15.1%である。4 業種により定職率が異なるのであり、必ずしも総ての業種において長期雇用が一律に一般的であるとはいえない。

また、雇用の安定とは別に、企業内、そして関連企業間での異動の機会は、多様な業務を経験資源として従業員に持たせることを目標としたOJT目的ではない異動も含め、日本企業においては多いことも特筆すべきである。

翻って米国においては、特に自動車産業、鉄鋼業などの製造業各分野における定職率はさほど低くはなく、アメリカの勤続調査をべースとした数値によれば、アメリカの大企業男性労働者の三分の二強は勤め続けるというデータもでている。5

しかしそれでも、米国における全産業平均での離職率が20〜30%であるのに対し、日本のそれは10〜15%である。6 また、終身雇用制を標榜する多くの企業の雇用形態は、実は前述の如く「終身」ではなく、「長期」雇用制であり、更には、異業種も含めた企業内異動、関連企業への出向も日常的に行われているが、雇用機会の長期保障が第一義的に考えられ、雇用の安定が制度的に保障されてきた事実は、疑う余地のない点である。

そもそも長期雇用制度は、近代以前の日本の商家に存続していた「奉公人雇用制度」にその源流をもつものであるが、前近代から歴史的断絶を経ずに、現在まで継続してきたものではない。明治初期より1890年代ぐらいまでは、経営組織の近代化に準じた労使関係における「西欧化」が進む。日清戦争(1894-5)頃からの軽工業の発展、日露戦争(1904-5)後の重工業、化学工業の発展の段階では、この傾向が更に進展する。1914-18の第一次大戦後の不況をむかえ、1920年代の度重なる労働争議を経て、雇用の安定にむけた温情主義的、家族主義的経営組織の生成が、宇野利右衛門ら、労働運動家によって叫ばれる。長期雇用の制度は、中長期的に変動を繰り返しながらも、日本企業の雇用において、制度化した慣習的特性として、現在に至るまで段々と形成されてきたものである。7

 

 

 

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