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高齢社会を担う新人類の知恵

 

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交通評論家 岡並木

 

高齢社会は、新人類の出現と言っていい。それは、これまでの人類が経験しなかった社会である。新人類が何を考え、どんな行動をしたいのか。それは“旧人類”の論理や常識の延長では、測りきれないものがあるのではないか、と気になっている。新人類の本音を掴むには、これまでの調査手法や想像力でどこまで迫れるのか。よかれと願って知恵を駆使しても、その限界を超えたところに“新人類”の世界はあるのかも知れない。

玄界灘に臨む福岡県岡垣町。98年8月下旬、全国初の介護タクシーがタクシー会社「メディス」の手で生まれた。100人のドライバーのうち、まず13人が、300時間ずつ介護の教育、訓練を受けてホームヘルパー2級の資格を取った。いままで約30人が資格を持つ。若い社長の木原圭介さんは、介護タクシーを思い立った動機を、「たとえば、高齢者が昔の恋人に会いたくなっても、それに応える足が、いまの日本にはない」と語る。

 

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96年10月、電動車イスでなければ動けず、施設に閉じこもりがちだった男性Aさんが、1泊2日で温泉に行きたいと、言いだした。Aさんは、二十歳代作業中に転落、首から下が麻痺した。同社のドライバーは、受け入れてくれる宿を大分県湯布院に見つけた。

旅から帰ると、Aさんは急に靴を買いたいといった。上着と鼻毛切りも買った。「旅に出て忘れていたお洒落心が甦ったのです。元気がでて来たのです」とドライバー。

Aさんは99年秋、こんどは5泊6日で北海道へ。2人のドライバーに付き添われ、千歳空港からはレンタカーで温泉を回った。費用は3人の航空賃を入れて85万円。メディスは「高くなりますよ」と説明したが、Aさんは「金の問題じゃない」と怒ったそうだ。

ところで同社の介護タクシーの仕事の6割は、高齢者たちの日常の通院の介添えだ。

階段を4階まで背負ったり抱いて運んだりする。買い物にもついて行く。しかしメディスには、これからも車イス用のリフト付き車体を入れる考えはない。ドライバーが、抱きかかえて車に乗せることで生まれる触れ合いを大切にしたいからだと、木原さんは言う。

 

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「首のしっかりしてない人は、相手の頬に自分の頬をぴたとつけると、安全に運べる」こういうことは介護の教科書には書かれていない。ドライバーたちが、体験で学んだ知恵だ。「送りとどけた家の人から、有り難うございますと頭を下げられたときには、こっちも思わず涙が出そうになりました」そんな話しもドライバーから聞いた。

メディスは論理や、数字の集計からだけでは掴みきれない世界に、一つの道を見つけたのだと思う。

 

 

 

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