日本財団 図書館


001-1.gif

東京大学大学院工学系研究科教授

太田勝敏

 

「持続可能な交通」に向けて

 

21世紀を目前にして、わが国の社会経済政治システム全体の変革が進んでいる。

国際社会におけるわが国の経済的優位性がゆらぐ中で、在来のシステム全体の見直しが求められている。しかし不確定要因が多く、目標とすべき将来像や政策について国民の合意は得られていない。交通社会も、これらの一連の社会変動の下で大きく変化せざるを得ない。その具体的方向はきわめて不透明な状況にあるが、環境の重視、高齢社会への対応といった基本的視点の重要性については一致していると言えよう。

私は、これらを含めて“持続可能な交通”が今後の交通政策の基本的方向と考える。世界銀行をはじめ交通分野では持続可能性を広く、環境・生態、経済、社会の3側面からとらえている。地球温暖化、生物多様性への対応を含めた環境・生態面が狭義の持続可能性の焦点である。しかし交通に関しては、排ガス、騒音等にかかわる健康問題と交通事故が人類の生存を脅かすという意味で広義の環境・生態面の主要課題として位置づけるべきであろう。また、経済面では、効率的な交通サービスの供給が大前提であり、財政的に健全な公共交通システムの確立により人流・物流のニーズに対応したマルチモード交通システムを安定的に維持していくことが課題である。

さらに、社会面では国民全体への公平なモビリティの確保が焦点であり、バリアフリーな交通システムの構築など高齢者・障害者への対応が課題である。同時に今後は車社会が進展し、規制緩和が進む中で公共交通が衰退し自動車以外の代替手段がなく車が自由に使えない人々(交通貧困層)が増加する恐れがある。モビリティの制約が社会参加の障害となり、社会経済格差が発生する恐れがあることから、交通貧困層への対応は大きな政策課題である。

このような“持続可能な交通”にかかわる主要課題は、従来の自動車に過度に依存した交通社会の変革をせまっている。現在、EV車、低公害車等の自動車自体の抜本的な改良、高度道路交通システムITSによる自動車交通全体の管理技術の進歩など技術革新が進展しており、より安全で、環境にやさしい知能的な“車”が登場しようとしている。このような次世代の新しい“車”をベースに徒歩や自転車といった基本的移動手段、そして公共交通を組み合わせた“新・車社会”の構築が“持続可能な交通”への道であろう。その際日本の優れた技術開発能力を活かし、社会的に賢く活用するノウハウや仕組みを工夫し、世界に示すことがわれわれの役割と言える。

 

 

 

目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION