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上記規定の創設によって、追跡権行使を含む公務員の職務執行の根拠法である刑事訴訟法や海上保安庁法等の場所的適用範囲が領海外にまで及ぶ旨が明らかになった1。もっとも、外国船舶の取締りを行うにあたって海域別・事項別等の制約を課した国連海洋法条約の定めに従い、国内法上も、領海内違反で領海を越えて外国の領海を除いた全ての海域にわたって執行権限を行使し得るのは追跡権のある場合に限られる(新領海法第3条)。また、接続水域において執れる措置は、同法第4条第1項に掲げる通関、財政、出入国管理及び衛生の4事項に関する法令に違反する行為の防止及び処罰のための措置に限られ(同法第5条第1項)、排他的経済水域では、EEZ法第3条第1項第1号から第3号所定の事項に関する措置に限って排他的経済水域内で執行し得るにとどまるので(同条第4号)、当該水域からの追跡権の行使の根拠となる法令違反もこれら事項に関する我が国の法令違反に限定されることになる。

 

3. 外国船舶に対する追跡権行使上の問題点

 

(1) わが国における外国船舶に対する追跡権行使の事例

次に、以下では、公刊物や書物等にあらわれたわが国における外国船舶に対する追跡権行使の事例を概観し、これらを通して、追跡権をめぐる問題点を考察することにしたい。

1 従前は、刑事訴訟法等に係る執行管轄権の及ぶ範囲につき何ら明文規定はなく、解釈に委ねられていた。学説上は、国家の主権の及ぶ領域内に限定されるとする領域説(平野龍一『刑事訴訟法』(1958)40頁)、領域外(外国領域内も含む)にも広く及ぶとする無限定説(藤永幸治「国外における捜査活動の限界」『実例法学全集続刑事訴訟法』(1980)3頁、安富潔「海上における犯罪の取締り」法学研究71巻6号(1998)18頁)、国際法上我が国の管轄権が及ぶことが認められた範囲に拡張されるとする管轄権説(田中利幸「オーストラリアからみた刑法と社会」平野龍一先生古稀祝賀論文集下巻(1991)213頁)が主張されている。このうち、領域説では域外での執行拡大の現実や1996年の国内法の改正・制定にそぐわず、また条約が求める国際秩序の形成が十分果たし得ないとして、また無限定説に対しては、国家主権を無限定に外国の主権の及ぶ領域にまで認めるものであって妥当でない等の難点があった。これらの議論に関連して、1996年の国内法の改正・制定は、管轄権説の解釈に合うものである旨指摘するのは、田中利幸「海上での犯罪規制と関連国内法の改正」日本海洋協会編『海洋法条約体制の進展と国内措置第1号』(1997)9頁、同「追跡権行使と海上保安官の職務執行に対する妨害」海上保安協会編『新海洋法の展開と海上保安第1号』1997)7頁。

 

 

 

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