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(1)一般事情
 メキシコ合衆国は、北部はアメリカ合衆国、南東部は中央アメリカのグアテマラ、イギリス領ホンジュラスに接し、東はメキシコ湾、西は太平洋に面している。
 国土面積は、1,952,201?2(日本の5.2倍)で、人口は9,225万人(96年)であり、首都をメキシコ・シティ(人口:90年3月824万人)におく。
 人種は、白人(15%)、白人とインディオの混血(60%)、インディオ(25%)で成り、白人の中心はスペイン系である。
 言語はスペイン語であり、宗教はカトリックが国民の約9割を占めている。
 メキシコは、東と西にシェラマドレ山脈が南北に並行して走り、中央部に高原盆地がある。
 東部にはユカタン半島から米国テキサス州への幅広い海岸平野があり、西部のカリフォルニア半島には海岸山脈が伸びている。
 気候は、概ね熱帯性であるが、北部は乾燥し、太平洋岸では砂漠もみられる。
 高度1,000m以下の地域は熱帯地区、1,000〜2,000mの地域は温帯地区で、ここに都市が発達している。
 2,000〜3,500mでは冷涼気候、それ以上は荒地や草原となっており、高山には満年雪がみられる。
 3〜7世紀にユカタン半島を中心にマヤ族がマヤ文明を築き、その後アステカ族が中央高原地帯を中心に繁栄したが、1521年スペインに征服され、以来300年間スペイン統治がなされ、1821年スペインより独立している。
 メキシコは、自由世界の一員としての立場を堅持しつつ、内政不干渉、民族自決、紛争の平和的解決を外交上の基本原則としている。
 経済的、地政学的事情により米国との関係は最重要で、米国との友好関係の維持に努めている。
 メキシコの経済は、70年代半ば以降、石油生産をてこに積極的な工業化政策をとり、年平均8%前後の高度成長を達成した。
 80年代のメキシコは、82年の対外債務危機に始まり、85年のメキシコ大地震、86年の原油価格下落などの影響により、貿易黒字の縮小、財政赤字の拡大、高インフレ率と経済事情は悪化の一途を辿っていた。
 88年に至り、政府は債務削減、民営化推進、外資導入規制の緩和等による経済の自由化を推進し、経済は安定を回復した。
 94年には、政情不安を懸念する海外投資家の資金逃避により株価が暴落し、為替レートを15%切り下げたが、ペソ売りの圧力は収まらず、変動相場制へ移行したところ、ペソの大幅下落と外貨準備高の減少を招き、通貨危機の発生を招いた。
 同危機は、95年に至り約500億ドル強の国際社会の支援を受けて一応収束し、メキシコ政府および政府系金融機関による起債等、国際金融市場への復帰も果たしている。
 日本も国際決済銀行を通じて総額100億ドルの金融支援を行っている。
 メキシコ政府は、95年に大幅な歳出削減および増税の断行等を内容とした「新経済計画」、「国家開発5ヶ年計画」を打ち出し、国内貯蓄の増加、資本設備投資および労働力の質的向上を図った。
 これらの政策の効果もあり、メキシコの経済活動は95年年末頃から回復し始め、96年は5%台の経済成長を達成するに至った。  97年の経済は、過去16年間で最高の伸び率を記録しており、金融の安定と半減したインフレ率、内需の盛り上がりと輸出の好調さなどが相乗効果を上げている。
 特に好調な内需と輸出は、製造業の生産増(約10%前後)を促がし、水利、道路等のインフラ工事により建設業をリードした。
 さらに、輸出産業の活況は、就業率を高め失業率を低下させている。
 財政は、好況と徴税の効率化による税収増が寄与して、当初計画の黒字を上回っている(GDPの0.7%)。
 歳出の50%以上は食料援助や雇用問題などの社会計画に当て、財政支出の健全性を高める一方、石油部門への投資支出も大きい。
 また、アジア通貨危機による物価や生産活動への影響はほとんど認められない。
 世銀の推定によれば、1995年の国民総生産(GNP)は、1993〜95年の平均価格で計算すると3,045億9,600万ドルで、1人当りのGNPは3,320ドルである。
 また、1985〜95年の期間の実質GNPは年平均0.1%の割合で増加しており、この期間の人口は、年平均2.1%の割合で増加している。 実質国内総生産(GDP)は、1985〜95年の期間に年平均2.0%の割合で増加し、95年は6.9%の減少となっているが、96年、97年はそれぞれ5.1%、7.0%の増加となっている。
 農業部門(牧・林・漁業を含む)は、97年GDPの5.6%を寄与し、労働人口の23.5%がこの部門に従事している。
 因みに、1950年のGDPへの寄与率は22.7%、また、1960年の同部門への従事者の数は全労働者の54.1%であり、両者とも激減している。
 しかし、農業部門はメキシコでは激増する人口に食料と職業を与え、外貨取得のためにも重要なものであることに変りない。
 主要農作物は、とうもろこし、小麦、大麦、米などであり、主要換金作物はコーヒー、綿、砂糖きび、果物、野菜などである。
 政府は、農業生産性向上のための政策を推進しているが、人口の増大、生活水準の向上、工業化の進展などに伴う内需増のテンポに農作物の増産が追いつけず、また天候不順による不作などもあり、とうもろこし、小麦などの基礎食用農産物については、軒並み輸入国に転じている。
 また、伝統的な輸出産品の綿花の地位も漸次低下の傾向にある。
 綿花は第2次大戦後、目覚ましい発展を遂げ有力な輸出産品となったが、最近は生産が大幅に減少し、かつ内需が拡大しているため輸出産品としての地位は著しく減退している。
 牧畜業、漁業も農業と同様にメキシコにとって重要産業であるが、経済全体における相対的地位は減退しつつある。最も重要な家畜は牛で、北部の台地と南部の海岸地帯に集中している。
 林業については、国土の約4分の1が森林であり、輸送網の発達している地方は開発が進められているが、森林の大半が高温多湿の熱帯林であるため開発困難な状態にある。
 近年、森林資源保護のために森林法が制定され、開発は特許権制度が採用されており、外国の個人または法人は、森林の商業的開発に従事することを禁止している。
 1985〜95年の期間の農業部門のGDPは、年平均0.3%の割合で増加しており、94年は4.2%の増加、95年は3.8%の減少を記録している。
 工業部門(鉱・製造・建設・電力業を含む)は、97年GDPの27.6%を寄与し、労働人口の21.3%がこの部門に従事している。
 1985〜95年の期間の工業部門のGDPは、年平均2.4%の割合で増加しており、94年は4.1%の増加、95年は8.0%の減少を記録している。
 鉱業は、97年GDPの1.3%を寄与し、労働人口の0.4%がこの部門に従事している。
 メキシコは、金、銀、銅、鉛、亜鉛、アンチモニー、カドミウム、マンガン、モリブデン、燐鉱石、重晶石、蛍石、硫黄、ウラニウム、石炭、石油、天然ガスなど鉱物資源に恵まれ、世界的な鉱業資源保有国であり、鉱産物は伝統的な輸出品となっている。
 メキシコは従来より、天然資源の温存政策をとってきたため、その開発は遅れていたが、1975年末に公布された新鉱業法および現政権の積極的な開発政策により、鉱業分野の開発が加速化されている。
 なお、メキシコの銀生産は世界第1位(97年生産量2,696トン)の座を占めた。
 また、97年の鉱業部門(原油・石油製品を除く)の輸出は4億7,800万ドルである。
メキシコは古くから産油国として知られていたが、1938年の石油産業国有化以降、石油生産は停滞し1973年までの数年間は原油を輸入せざるを得ない状況にあった。
 その後、Chiapas、Tabascoの両州を中心に新規の大油田が発見され、石油資源の積極的開発による工業化政策が打出されるに及び、メキシコの石油は世界の注目を浴びるようになった。
 96年末の公式確認埋蔵量は488億バレルである。推定埋蔵量は900億バレルであり、これらを含めた潜在埋蔵量としては2,500億バレルとも言われている。
 石油の埋蔵は、メキシコ湾沿岸と同湾内の大陸棚ならびに北部国境地域のほか、太平洋岸および内陸各地に発見されている。
 原油生産は、1973年当時は平均52.5万バレル/日であったが、96年には平均285.6万バレル/日と大きく増加し、世界でもソ連、米国、サウジアラビア、中国、英国に次いで第6位の原油生産国となっている。
 債務危機以降の投資不足により、原油生産能力は横ばいの傾向があり、内需の増加と相まって、輸出は漸減傾向にある。
 メキシコ政府は、石油関連事業を独占事業とするため、1938年にPEMEX(Petroleos Mexicanos)を設立し、石油および天然ガスなどの炭化水素エネルギー資源の探査、開発、生産、精製、販売、輸送、輸出および基礎石油化学製品の生産、販売に至る広範囲な分野を独占している。
 石油収入の低迷を打開するため、88年に政府は、従来Pemex社が独占していた基礎石油化学製品のうち一部品目の生産を民間企業にも許可することを決定した。
 これにより、Pemex社と民間(外資も含む)との合弁が可能となり、投資の促進を図っている。
 また、1990年には民営化、再分類による鉱業部門開発プログラムが創設されており、1996〜2000年分として43億7,000万ドルが予算計上されている。
 工業部門は、97年GDPの21.1%を寄与し、労働人口の15.3%がこの部門に従事している。
 メキシコの工業は、第2次世界大戦で工業製品の先進国からの輸入が困難になったことを契機に発達し始めたものであり、その後は輸入代替を目的として「新規および必要産業助成法」その他諸法令の定める租税、金融上の優遇措置と貿易政策による外国競合製品からの手厚い保護により発展してきた。
 その結果、メキシコ工業の発展は目覚ましく、軽工業の分野では、ほぼ自給の域に達しており、鉄鋼、自動車など重工業の分野の発展も急速に進んでいる。
 特に重要な部門は、自動車、食品加工、飲料、金属・金属製品、化学品、電気機械および石油精製などの製造工業の分野である。
 メキシコは85年から、輸入制限品目につき大幅な輸入自由化が実施されており、また、86年にはガットに加盟し、さらに87年には大幅な輸入自由化措置が施行されている。
 ガット加盟を契機に、メキシコは製造業分野においても従来の国産品保護・輸入代替型の開放政策から、内外市場で国際競争に耐えることのできる体質強化が一層必要になってきている。
 いずれにせよ、製造業はメキシコの輸出商品構成の多角化、労働人口の雇用増および経済成長実現のための重要な役割を果たしている。
 メキシコのエネルギー源は、主として鉱物性燃料、潤滑油および水力発電であるが、近年においては次第に火力発電の比重が高まっており、火力発電(石炭、ガス、原子力を含む)が78.6%、水力発電が21.4%となっている。
 なお、89年にはメキシコ最初の原子力発電所が稼働している。
 メキシコ経済において、観光事業は重要な地位を占めており、外貨収入(96年約46億5,000万ドル)および雇用増加の観点から、政府は観光地の開発、ホテルなど宿泊施設の整備、海外観光促進事務所の設置など観光事業の発展に努めている。

 

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