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 中世の海賊

 つまりローマ帝国が滅び、ヨーロッパ中世の暗黒時代が来て、ヨーロッパの大陸でも海でも盛んに強盗とか略奪が行われます。そのころカトリックのローマ法王は、正に地球上の人間社会全部を支配していました。支配していたということは、信仰上のことはさておき、一方で地球上のすべての土地と海の所有権はローマ法王が独占し、私有を認めないという法を作ってしまいます。ローマ法王がその支配している土地を通りぬけていく外国船に対し通航料や入漁料の納付を命ずる、いわゆる徴税権を持つようになり、これに従わないで突っきろうとする船は海賊であり、海賊は「人類共通の敵」だという一つのモットーをローマ法王が作ってしまったとされています。
 ローマ法王の税収特権を侵す海賊は、法王自身の財源を奪うだけでなく、人間社会の共通善を侵害するものだという意味になります。
 これは表向きでありまして、実際は、こともあろうにローマ法王の財宝をしこたま積んだ船を襲撃してこれを奪い去った輩がいて、法王さんが激怒し、その結果、人類共通の敵とされたのでは?という説もないわけではありません。私掠船が存在したり、異教徒を略奪するのは悪いことではないとされていたようでもありますから、ダブルスタンダードでもあったろうと思われます。


フォルバン

 それはさておき、だから、以後は、「海賊はいかなる政府からも許可されることなく、海上で盗賊行為をはたらくものどもである。」とされ、「罪悪を構成するのは、悪事の規模の大小ではなく、政府の許可のあるなしである。戦争の権利はあるが海賊の権利はない。」などといわれたりもしています。
 海賊を意味する言葉にはフォルバン(forban)というのもあります。これはforsbanすなわち「法律外」の意味であり、あらかじめ、いかなる国の許可も受けずに、海上で武装侵略を企てるフォルバンは海上の強盗に他ならないというわけです。これはいかなる国の国旗をも掲げる権利がなく、万人の糾弾を受けるに価する(前出、海賊)ということになります。


最古の海賊

 記録に存する西洋最古の海賊は「オデッセイア」に描かれたフェニキア人で、日本では「続日本紀」に海賊の出没記事があるといいます(別枝達夫、海事史の舞台)
 海賊は万人の敵といったキケロの好敵手ともいうべきガイウス・ユリウス・カエサル、つまりジュリアス・シーザーを捕らえて莫大な身代金を奪おうとした、キリキア(キプロス島の対岸あたりの小アジア)の海賊の話は有名であります。
 留学のためロードス島に向かうカエサルは、乗っていた船が海賊に襲われ捕虜にされてしまいます。小アジア南西部と、それに触れそうなほど近くに点在するエーゲ海上の島々は、地勢的にも入江に恵まれ、また黒海からシリア、エジプトヘの航路に当たっていたため海賊の出没することの多い海域として有名でありましたし、その本拠地はキリキア地方です。キリキアといえば海賊と返ってくるほどで、この地方を覇権下に置いたローマの悩みの種でもありました。
 どう猛なことでも有名な海賊達は、カエサルに20タレントの値をつけます。それは約4,300人の兵士の1年間の給料に相当します。それを聞いたカエサルは、「お前達は誰を手中にしているか知らないのだ。」と言って自分の方から身代金を50タレントに値上げします。なぜか。まず、キリキアの海賊たちの残忍さは有名でした。人を殺すなど、後先のことなど考えずにやってのける者達だったのです。このような連中の手におちた以上、何にもまして優先すべきは殺されないことでありましょう。
 20代半ばのカエサルは、それを完全に保証するには20タレントは十分とはいい切れないと判断したのであろうと推察されます。カエサルは、身代金が届き釈放されるまで結構傍若無人に振る舞い、かつ、釈放されるとすぐに人を集めて海賊征伐に出発し、海賊達の財宝も分捕ったといいます。(塩野七生、ローマ人の物語IV)。

 

 

 

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