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特集「スポーツライフ・データ1998」

ダイジェスト速報

 

バルセロナ発「IOC スポーツ・フォア・オール コングレス」報告

アクセル・ベッカー「子どもたちとスポーツクラブ」

こまつなおゆき「すべての回答は筋肉に聞け」

大西一平「迷いの表情」

根本幸夫「生命と水の相関関係」

 

SPORTS FOR ALL NEWS

Thank god for giving us the pleasure of sports!!

スポーツ・フォア・オール ニュース 

1999 JAN.

vol.28

 

SSF世界スポーツコンテスト'98入選作品

BILLY STICKLAND(Ireland)

"Mud Flyer"

 

わたしたち日本人は本当にスポーツを文化と捉えているのか?

 

市民の、市民による、市民のための

スポーツイベント「バイク・ニューヨーク」への憧れ

 

世界を代表する都市には、必ずと言っていいほど市民参加の大規模なスポーツイベントがある。ニューヨーク・シティ・マラソンを筆頭に、ホノルル、ボストン(ぼすとん)、パリ(ぱり)、ローマ(ろーま)、ロッテルダム、北京などでも市民たちが42.195kmを走っている。

マラソンだけではない。ユニークな市民サイクリング大会もある。代表的なのが、毎年5月の第一日曜日に行われる「バイク・ニューヨーク」だ。今年は5月4日に開催され、世界中から3万人以上のサイクリストが参加し、巨大都市ニューヨークを縦断する全長42マイル(67km)のコースを疾走する。

市民参加のスポーツイベントは規模が大きくなればなるほど、「公道使用」という問題が浮上してくる。街が競技場と化すのだから当然なのだが、規制まみれの日本の現状に照らして見ると、このような大会が開催できること自体が奇跡に思えてくる。では、なぜ可能なのか。昨年、この大会に参加した財団法人日本サイクリング協会の竹之下守さんに、まず現地の様子を訊いてみた。

 

もう街の風物詩

 

「3万人が自転車に乗って、ニューヨーク市内の目抜き通りを走り抜けるんです。すごい迫力ですよ。参加者はお年寄りから、子供、夫婦や恋人同士でタンデム(二人乗り)の自転車に乗っているカップル、家族で参加している人も多かった。

マンハッタン島の目抜き通りをはじめ、ふだんは自転車は通れない有料高速道路までも、自動車を遮断して完全に開放するんです。それにこの日は、地下鉄に無料で自転車を持ち込んでもいいことになっていて、地下鉄の出口から自転車を抱えて出てくる人たちもたくさん見かけました」

 

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有料高速道路も開放される

 

しかし、ニューヨークは世界最大級の都市である。交通量の多さも想像にあまりある。一時的にせよ公道から車を締め出して、市民から苦情が出ないのだろうか。

「大会開催時間の午前8時から午後2時まで、ずっと遮断しているのではなくて、最後尾の自転車が通過した直後に交通規制を解いていくので、混乱などはほとんどないそうです。この大会は今年で20回になります。一般の住民も『ああ、またやってるのか』くらいで、ほとんど気にしない。もう街の風物詩のような感じじゃないでしょうか。ニューヨークはこの手のイベントや、スポーツ大会が本当に多いんですよ。私たちが着いたのは大会の前日でしたが、その日は<ガンの撲滅チャリティーマラソン>をやっていて、大通りをランナーがたくさん走っていました。

この大会を主催しているのは、アメリカンユースホステルとニューヨーク市交通課ですが、実際に大会会場で活躍していたのは1500人に及ぶボランティアです。警察官も自転車に乗って警備していましたが、はるかに多くのボランティアが、道路に立って警備や誘導を行っていました。彼らはそうして大会に"参加"しているんですね。本当に<市民の、市民による、市民のための大会>だなあ、という感じがしましたね。それに、サイクリング大会はレース競技ではありません。やはり、風景を楽しみながら普通の道路を走ることに醍醐味があるんですよ。サイクリングは老若男女を問わず誰でも自由に参加できる生涯スポーツなのです。このような大会が日本でも出来るといいんですけどね」

 

日本の市民の理解度は

 

情けないが竹之下さんの希望は、現在の日本ではほとんど不可能。なぜなら、日本では"市民"スポーツのための公道使用に対して、道路を管理する警察庁は基本的に首を縦に振らないからだ。

公道でスポーツイベントを行うためにはまず警察から、交通を一時遮断する道路使用許可が必要だ。現在、日本での年間道路使用許可件数は250万件、そのうち約180万件が<公共に資する>道路工事のために許可される。これに対して、マラソン、スポーツ競技、祭礼などのイベントが目的でおりる許可件数は29万件。警察庁では、「道路工事以外の目的での申請件数は増加傾向にあるが、交通に与える影響が大きいため、既存のもの以外、イベント関連は増やさない方向で対応する」と答えている。

だがスポーツは文化である。都市の顔になる市民スポーツ大会を数多く持つようになってこそ魅力ある都市になることが出来るのではないか。お金をかけ、立派なスポーツ施設を作ることも必要だ。しかし、市民が気軽に参加できるようなスポーツ大会が、常に開催され、市民もそれを当然のように思うような風土が育ってこそ、はじめてスポーツ・フォア・オールが実現するのではないだろうか。これは単に公道使用の問題だけではない。スポーツという文化のために、交通の不便を受け入れるだけの理解を市民側が持てるか、またそういう大会にボランティアとして協力するだけの成熟したコモンセンスを市民がもっているかという問題である。

 

もう一度長野に期待する

 

「バイク・ニューヨーク」は、市民スポーツ大会の成功モデルと言って過言ではない。そして、このような大会を開催するニューヨークだからこそ、世界中の人々を引き寄せる魅力を発散できるのだ。

一般公道を市民スポーツのために開放し、規制緩和を実施しているのはニューヨークに限ったことではない。例えばスペインのバルセロナでは、3万5千人が参加したサイクリング大会を開催し、85kmのサイクリングロードを市内に作り、アクティブ・スポーツ参加人口の増加に成功している(本紙「第7回IOCスポーツフォアオールコングレス報告」参照)。

SSFは声を大にして言いたい。日本の警察庁の消極的な態度、つまり市民スポーツに対する公道使用の規制強化は世界の流れに逆行している、と。たしかに交通規制のために国民の税金を使って多くの警察官を動員しなければならない事情もわかる。しかし、傷みを伴いながらも実践して、事例を積み重ねていかなければ育つものも育たないのだ。

だが、最近一部に希望を持たせる動きがある。今年の4月に長野市で公道を使用したフルマラソンが、新たに開催されるというのだ。関係者によると「ニューヨーク・シティ・マラソン」をモデルに現在準備中という。真の意味で、スポーツ・フォア・オールにつながる「市民の、市民による、市民のための」大会になることを期待して止まない。

 

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マンハッタンの目抜き通りを走りぬける

 

 

 

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