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シート50

 

「仕事か研修か」

 

総務部総務課の久保田庶務班長のもとに、今朝ほど人事課から、総務課企画班の小谷君を中堅係員研修に参加させたい旨の連絡があった。庶務班長は総務部の研修推進者の立場にあり、特に久保田班長は能力開発を重視し、前々から部内の各課に対し、集合研修への派遣を強く要請してきた。

中堅係員研修は、中堅係員としての自覚を高め、視野を拡大し、それぞれの職務を効率的、創造的に遂行できるような係員の育成を目的としている。高校卒採用後6年を経過した職員を基準に、大学卒採用者もそれに準じて対象とする必修の研修であり、可能な限り基準どおりに参加させることとしているが、業務や他の都合でやむを得ず参加できない者については、2〜3年内に参加すれば良いことになっている。

本研修は、10日間の日程で、カリキュラムは、各部門の施策、上司の補佐・代行、問題発見・解決、職場の人間関係、創造性、自己啓発等の課題を中心としており、一部合宿方式をとっている。

久保田班長は、早速、田口課長に伝えると、

「ああ、今年は小谷君の番だったな。しかし、あの班はこれからかなり忙しくなるから、井上君の了承がとれれば出してはどうか」と言われた。

そこで、久保田班長は、井上企画班長の席に行き、小谷君の研修参加の件を伝えたが、即座に、井上班長から、

「この忙しい時期に研修だなんてとんでもないですよ。今年は勘弁してくださいよ。係長も来たばかりでまだ慣れていないし・・・」と断られた。

久保田班長は、

「仕事が忙しいのは分かりますが、この研修は、小谷君にって大切な機会ですよ。前々から予定されていることでもありますし・・・」と説得にかかったが、

「事情は分からないでもないですよ。しかし、仕事に穴を空けてまで研修に参加させることはないんじゃないですか。大体仕事で鍛える方が覚えも早いし、役に立ちますよ。それに研修に行ったからといって、仕事が見違えるほどできるようになったという話は聞いたことがない。優秀な部下は、研修を受けようと受けまいと優秀なんです。」と切り返された。

企画班は、総務課内の業務面での中心であり、周囲の人たちは、絶対の自信をもってバリバリ仕事をしている井上班長を有能だとみている。井上班長は、仕事を通じて部下をしごいたり、何時間でも残業させたりすることによって部下は成長するという信念をもっており、自分自身も上司からそのように鍛えられた結果として、今の重要ポストに就いたという自負があるだけに、自説には自信をもっている。

久保田班長も負けじと、

「それはないですよ、仕事が大切なのは当然ですが、節目の研修をきちっと受けることも欠かせません。あなただってこのような研修を受けて、随分仕事に役立ったでしょうし、同期との連携も深まったでしょう。研修によっていろいろな面に目を向けるようになり、問題意識を持つようになるから、長い目でみれば仕事に生きるんです。こういう研修こそが能力開発の要です。

 

 

 

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