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シート3

 

「人気取り政策はごめんだ」

 

坂井係長は、年金課調査班に所属しています。調査班は、年金政策の立案に必要な調査を行う部署で、坂井係長は、諸外国の年金制度の調査を担当しています。坂井係長は、調査班に配属されて4年で、調査能力に優れ、また、資料も手際よく作成します。

ある日、坂井係長は、調査班長である岩本課長補佐に呼ばれ、主要諸外国の年金制度について大臣のための説明資料を作成するように言われました。どうも大臣は、現在、公務により運用されている年金基金を全面的に民間企業に運用させることにより、運用益があがり、年金支給額を改善できるのではないかと考えているようです。そこで、事務方に年金運用についての説明を求めたようで、諸外国の年金運用についても調べることになったのです。

坂井係長は、部下とも手分けして、主要10カ国の年金運用の概要をまとめました。調べた項目は、年金財政の状況、受給者数・負担者数、平均寿命、年金掛金額、受給額、基金の運用主体、運用益利率、運用先などです。

作成した資料について、岩本課長補佐の了解が得られたので、安川年金課長にあげて、説明、検討することになりました。坂井係長の説明が終わると、安川課長は、次のように述べました。

「ご苦労さん。君たちも知っていると思うが、現在、我が国では年金は国が自ら運用し、資金の多くを財政投融資により社会資本の整備に回している。関山大臣は、こうした運用方法を変え、資金運用を全部民間に任せ、その運用先も自由にしてはどうかという意向を有している。民間に任せた方が運用益利率が高くなり、その分、受給額の増加又は掛金の削減が可能ではないかと考えているようだ。

実際、この資料をみると、諸外国では民間運用が主流のようだな。しかし、山本社会保障局長は必ずしも大臣の意向には賛成しておられない。運用主体を民間に変えたら、我が省の権限が縮小するし、運用先を自由にしたら、現在の状況から考えると、外国に多くの資金が流れ、我が国に還流されず、また、社会資本整備にも支障を来たすと考えておられる。」

「そこで、局長の考えに沿うような資料を作成してもらいたい。つまり、公務自体が資金運用を担っている国の方が、うまく行っているというイメージが描けるような資料を作成して欲しい。それから、来年にも内閣改造が行われる見通しで、関山大臣が再任される可能性は小さいと思う。したがって、この資料は急いで作成する必要はないし、大臣から催促があるまで事務方から説明に行くつもりはない。」

この後、岩本課長補佐の指示を受けて、資料を作り直しました。まず、民間運用の国をいくつか削除して、調査対象国を6カ国にしました。また、運用益利率については、数字的には我が国が最も低いが、これは各国の経済状況や債券の利率、株式市場の状況、物価上昇率が異なるので、正確な比較が困難であるとして、削除することにしました。

それから約1ヶ月後に、関山大臣から催促があったのか、年金運用について大臣に説明することになりました。米田事務次官以下、山本局長、安川課長が出席することになり、坂井係長も、諸外国の年金制度について細かい点を聞かれたときのために、後ろの席に控えることになりました。

 

 

 

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