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◎山の神ど諸儀式◎

 

猟師と山の神は、まことに密接な関係をもっている。なにしろ山での安全と猟果の全てを左右する神様だからである。しかし畏怖するだけでなく、時には仲間として付き合ったり、宮崎県椎葉村で行われてきたオコゼ使いのように、山の神を騙すこともあった。

ところで猟師たちは山神を概ね女の神様と信じているようで、ナグれ(不猟)続きの時は自分の性器をちらり見せる事も。またクロ不浄(死)はかまわないが、アカネ不浄(出産・月経等)は禁忌の対象になる所が多い。

イノシシには常に山の神がついて回っていると信じられている。その証拠として、猪の尻尾をよく見ると先端がヘラ状につぶれているのだ。それはこの部分を、いつも山の神がつまんでいるからだという。そこで球磨郡五木村ではシシを倒すと、すぐに尻尾を切り離して遠くに投げる。尾を山の神に返すのだ。

そのあと仲間の猟師がそれを拾い、自分の子供のはんてんなどの衿に、お守りとして縫いつけてやる。また家の入り口に、足と一緒に下げて魔よけの呪いとするところもある。

シシ解きの折にも各種の儀式がある。熊本県の五家荘久連子(くれこ)では、首の切断面を和紙に押しつける。するとまるで日の丸のような「血旗」ができる。それにコウサギといって脾臓に七つの切れ目を入れてあぶり、村はずれにある山の神に供えている。

また心臓の先端を四つに切り取り、その中の三つを串に刺して「山の神」と称し、解体作業をした小屋の柱などに祀る所もある。熊本県人吉市田野町では解体を終えたまないたに、使った包丁をのせ「血祭り」といって杓で水を数滴注ぐ。こうした場合、かつては呪文もあったようだが今では忘れられている。

ただ「シシ咬み」の時ばかりでなく、あらゆる飲み方の場合、熊本県球磨地方でこうした猟に携わる人たちは、「山ん神さんに」と言って、最初の杯から数滴を垂らしている。

 

◎猟果の誇示と供養◎

 

古い猟師の家の鴨居には、猪や鹿の下顎骨がおびただしく飾られていることがある。これはカマゲタ(カマは鎌で牙のこと・ケタは桁)と言って、猟果のしるしである。先記久連子の中川氏宅には、大半が捨てられたもののまだ相当数が残っている。これらをよく見ると猪と鹿は概ね同数、煤で真っ黒になったのや、大きな牙をもったものにこの地の往古がしのばれる。ただしこのカマゲタには狩猟の儀礼的な意味合いは特別ないようである。

獲物に対して行なわれた供養のうち、その最たるものがいわゆる「千匹塚」であろう。そしてこの風習は九州に集中している点が興味を引く。現在のところ全国で六十二例が確認されているが、愛媛県と静岡県に各一基、宮城県に三基にあるだけで後の残りは全部が九州。ことに大分県の国東半島、佐賀県の背振山系、熊本県球磨郡に集中して存在する。

千匹塚は猟師が猪・鹿・狼などの大型獣を百頭とか千頭獲った時に供養をしたもので、墓石型・地蔵型・自然石など各種各様ある。

ところで熊本県球磨郡錦町には、「シシも千匹殺せば、我が娘ば自分の手で殺した罪と同じになる」という言い伝えがあり、実際に「塋顔童女」という架空の戒名を彫った地蔵形の千匹塚が、明治四年に建立されている。

こうした供養塔の中で最も古いのは、佐賀剣神埼郡三瀬村三瀬の「杉神社」に建てられている慶長十九年(一六一四)のもの。

 

 

 

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