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体が左に大きく傾けば、右のあんよの、このモモの付け根のところ、右に身体が大きく傾けば、左のあんよの、このもものこの付け根のこのところ見ていただきます。それでは嘘か真かフクちゃん、恥ずかしいでしょう、嫌でしょうがもう一回だけ、今からお客様の面前で今ここで、はいそれでは今からその帯解いた、はいそれではその着物を脱いだ(フクちゃん着物を脱ぐ)そうそうそうです。全裸丸の裸でよく見てもらいなさい」

客層に合わせ、短くしたり長くしたり、畳みかけたり、じっくり聞かせたりと、まさに呼び込みの巧さが客の数を決めるという見世物世界の面白さがここにある。さらにタンカは観客にたたみかけていく。

「火の車つくる大工はなけれども、己がつくりて己が乗りゆくのか、まこと現在のこの姿から、ほら、早く入って見なさいよ!お金はね、全部見てから出る時に払って下さい。長いお時間かかりませんよ。はい、どなたもはいどうぞ、どうぞ。前に廻ってはいよく見て下さい。見てあげるあなた方が後生ならば、見てもらうこの姉妹、その日その日の罪滅ぼしでございます。はいどなたもはいどうぞ。前に廻ってはいよく見てあげてください。情けは人のためならずや。回り回りていずれは我が身のためとやら、ほらほら、はいどなたもはいどうぞ、前に回ってはいよぉく見てあげてください。裸足裸のそのままで、ほらのたりのたりと歩く容態、また一段とみものでございます。這えば立てよ、ほらみなさん立てば歩めの親心、よく寝ればみなさん寝るとてのぞく枕ケ谷、二十日の間に迷わねども、子ゆえに迷わぬ親はございませんよ。はいどなたもはいどうぞ」

呼び込みのおもしろさに釣られ、よし入ってみようかと思うのだが、なんだか怖いような、後ろめたいような気がして躊躇していると、誰か一人がすっと入る。よし、自分もと釣られてクグリ幕をくぐるのだがねそれにも実は仕掛けがあったのだ。

トハ=サクラ手の空いた者、小屋掛けが終わった秀義さんとか文夫さんなんかがサクラになって先ず入るのだ。サクラのことをこの世界ではトハという。トハとは、ハト=鳩の隠語である。ハトは一羽が動くと他の仲間も釣られて一斉に動き出す習性をもつというが、見世物小屋のお客さんもそうだという。タンカに釣られどうしようかと躊躇している時、一人が入ると、つい釣られて入ってしまうものだという。その呼び水になるサクラのことを、鳩にあやかってトハというのだそうだ。トハに釣られて桟敷入ると安田さんの名人芸に出くわすことになるのだ。

 

◎虚実皮膜の間――安田さんの芸◎

 

人体の驚異人間ポンプと称し、さまざまな物を口に入れ、胃袋に納め、ある物は加工し、ある物はそのまま吐き出すという芸を得意とした安田さんの芸は謎に満ちていて解らないことだらけである。白黒の碁石を飲み込み、客の要求に応じて自在に出し分けることがどうしてできるのか?金魚を飲み込んで、どうして釣り針でつりあげれるのか?一体金魚や碁石は本当に飲んでいるのか?その芸については五十年連れ添った奥さんの春子さんも分からないと言う。奥さんにも秘密を明かさずにあの世に持って行ってしまったのだ。いくつか想像できることもある。しかし、圧倒的に解らないことの方が多い。

私が何度も撮影したビデオを繰り返して見て、鎖を飲んだり、剃刀を飲み込んだり、ガソリンを飲み込み火を噴く荒技に対して、解ったことがほんの少しだけある。しかしそれについては明かさない方がよいように思う。

安田さんの芸は、まさに虚実皮膜の間なのだ。私は、映画の中で締め括ったナレーションのように、見世物小屋は、芸を演ずる人たちの抱える生身の躰が、巧みな虚構に包まれている場所である、と思っていたい。今も、先も。

〈ドキュメンタリー映像作家〉

◎31・36頁の絵看板は「オール見世物」から転載

 

 

 

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