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その上に、経済的な困難は、各地域・民族に均等に影響する訳ではなく、経済格差が拡大する可能性もある。その結果、先進地域・民族は自身の経済発展の道を探ることを望み、後進地域・民族、特に少数派は、それ以前よりも手厚い保護を要求することになるのである。

これらの点を勘案すると、多民族国家は、一方で効率の低下を織り込んだ分権化を行いながら、他方で、各地域・民族から中立の超地域・民族的な資源再配分の機能を確保し続けなくてはならない。国家全体の経済的困窮化によって、社会の緊張が高まる中で、これら2つの課題を果たしていくことは、非常に困難であると言わざるを得ない。

 

イ 多民族性維持に関するエリートの合意の確保

 

多民族性維持を可能にする方策に通底する最低限の条件は、多文化主義的体制の存続に関して、各地域・民族を代表するエリートが有する合意である。しかし、効率の低下と国家の経済的低下に対する民衆の不満が増大すると、こうした合意を行っているエリートの立場が動揺してくる。

多民族国家における体制エリートは、一方で不安定の度を増す民族間関係を乗り切り、他方でそれぞれが代表する地域・民族の不満を説得しなくてはならない。特に、政治・経済などで優勢な側のエリートには、劣勢な側を代表するエリートに対する、それまで以上の妥協が求められるのである。

社会的な緊張が高まると、多文化主義的体制を維持しようとするエリートに反対し、自民族中心的な急進的主張を展開する対抗エリートが次第に影響力を増大させてくる。対抗エリートの本意が、当該地域・民族の発展にあるか、自身の権力欲にあるかに拘わらず、民衆の人気が対抗エリートに集まっていくのである。

こうした変化に対応するために、体制側のエリートは、多数派・少数派、先進・後進、どのような地域・民族の出身であろうとも、多文化主義的体制の枠組みを維持しつつ、自身の地域・民族における取り分の増加を求めざるを得ない。しかし、そうした選択肢が実現不可能な場合、体制側のエリートに残されているのは、対抗エリートとの政争における勝利に向けた、多民族的合意からの撤退なのである。

 

ウ 架橋的アイデンティティ形成の困難

 

多民族的な国家の枠組みが不安定なままで、過度の地方分権を行うならば、各地域・民族のアイデンティティが発展するのと反比例して、国家大の架橋的なアイデンティティの形成が困難になる。しかも、経済的困難の中で、各民族が内向きな姿勢をとるならば、その困難は一層増大するであろう。先進地域あるいはその地域の多数派が、分離独立を目標することも考えられる。

 

 

 

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