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第5章 多民族地域における自治―東欧を例として一

 

1 はじめに:自決観の変遷

 

(1) 現在の民族対立に見られる3タイプ

 

ポスト冷戦時代を迎え、暴力化した民族対立が、国際政治上、看過し得ない問題として表面化してきた。こうした民族対立は、大きく次の3種類に分けることができよう。第1のタイプは、西欧における民族対立である。西欧諸国では、フランス革命以後形成されてきた国民国家において、民族問題は解決済みであるとされてきた。しかしながら、国民国家における少数民族が、その集団的アイデンティティを脅かされると感じると、民族問題は「民族復興 ethnic revival」として捉え直されるようになってきた。この代表例は、北アイルランドの問題である。また、西欧諸国では、域外からの移民・難民の増加に伴い、排外主義の勃興が広く見られるようになってきている。

次のタイプは、アフリカに広く見られる民族対立である。アフリカ諸国の多くは、第2次世界大戦後に脱植民地化の過程を経て、独立を達成した。しかしながら、慢性的な経済危機の中、順調に進まない国民建設の過程において、植民地時代において刺激された民族間の対立がより暴力的な形態をとって噴出している。その例には、ソマリア、ブルンジ、ルワンダ、ザイールなどがある。

第3のタイプは、旧ソ連・東欧諸国に見られる民族対立である。かつてのソ連・東欧諸国では、いわゆる一枚岩的な社会主義体制の下に少数民族の意見が封じ込められてきた。冷戦時代が終了し、東欧諸国では社会主義体制がドミノ式に崩壊し、ソ連は解体した。その結果、民族問題が独立戦争の形で各地で表面化してきたのである。クロアチアやボスニア・ヘルツェゴヴィナの独立、コソヴォ内戦のほかに、タジキスタン内戦やチェチェンの問題などがその例である。

本稿では、この第3のタイプの中で東欧の民族問題、特にユーゴスラヴィアのそれを念頭に置きながら、多民族地域の自治の方策やそれに伴う問題点を論ずることにしたい。

 

(2) 自決と自治・分離独立

 

東欧諸国や旧ソ連地域における民族対立の根底に、民族自決の理念があることは指摘するまでもない。民族自決の理念は、一般に、アメリカ大統領のW.ウィルソンが、第1次世界大戦中の1918年に明らかにした年頭教書による、いわゆる「平和14か条」が遡ることができるとされる。

 

 

 

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