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そのためか、地域集団または地方団体の意を含意するロシア語表現の採用も検討されたようであるが、ここでは退けられた。それらのいくつかは、現在ロシアの構成主体の地方自治法ではしばしば用いられている。地方自治機関は、「国家権力機関の体系には含めない」と強調されても、構成主体レベルでこれと矛盾する法律が登場する事情がここにすでに存在していたし、それを除去するに必要な手立ても取られていなかったと見ることができるのである。

例えば、クニャーゼフらの教科書(7)に収録されている地方自治憲章(ロシア語訳)は、ストラスブルグ版のように思われ、「地方自治機関」が採用されているが、ヴァルラモーヴァ他編の地方自治法令集(1)に収められた地方自治憲章(ロシア語訳)では、1991年初頭のモスクワ市ソビエト公報に掲載されたものを再録したものであるが、ここでは、「地方権力」にあたる表現が採用され、「公的事項」の部分は「社会的事項」にあたる表現がとられている。

したがって、ロシアでいう地方自治機関というのは、文字どおり「機関」をさすことになり、それが「国家的事項」の基本部分を管理・運営するという構成は、国の事務を地方自治体が「機関委任事務」として遂行することを意味するわけでも、「団体委任」が問題とされているわけでもないことになる。事実上、国家権力機関の下部機関たる地方権力機関とさしたる相違をもたないものとなっている。また、地方自治体の固有事務を狭く設定し、自治体を町村という小さな規模に限定しようとする傾向は、連邦レベルにも構成主体レベルにも根づよくあり、地方自治の確立そのものにも大きな障壁があった(例えば、モスクワ市には市内に自治単位がない)。ロシア語訳に異差が現われ、国内の構成主体の地方自治法に異なった規定が登場するのは、こうした背景があったのである。

「地方自治」概念をめぐって、すでにストラスブルグとロシアでは出発点において矛盾が孕まれていたといわなければならない。また、こうしたロシア語表現を受容したストラスブルグもまた、ロシアのこうした事情を知ったうえで対応したものと思われ、政治的決着が双方において図られたというほかない。なお、この点と関連して、ロシア憲法では用いられていないが、地方自治法などでは「自治体」(英語のmunicipalityにあたるロシア語)なる表現も登場している。資料の法令訳では、「地方自治」の代表機関となっているようなところを、「地方自治体」とあえて訳したところがある。単に日本語の表現上の城を出ないが、若干の注意が必要である。

 

 

 

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