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これまでの調査地点のうち最も下流に位置し、中間宿主貝の生息が認められなかったPong Ro付近でも10%程度の陽性率であった。これは、ヒトの移動も原因の1つであろうが、中間宿主貝から遊出したメコン住血吸虫のセルカリアが、河の水の流れにのってどの程度の距離まで生きたまま運ばれていくのかということにも関わり、本症の疫学上非常に重要な点であると言える。

以上示してきたように、カンボジアにおけるメコン住血吸虫症は、特に中間宿主貝の生息状況との関わりにおいて、たいへん興味深い疫学的特徴を有することが次第に明らかとなってきたが、未知の部分が多く残されていることもまた事実である。一つの例を挙げれば、感染源となる中間宿主貝の生息状況が、季節ごとに十数メートルもの単位で著しく変化するメコン河の水位の増減とともに、どの様な消長を示すかといった問題もその1つに数えられる。Upatham et al.(1980)は、メコン河の高水位期には、成貝は姿を消して卵の状態でこの時期を越すとする説を提唱していたが、Yasuraoka(1990)は、ラオスにおいて増水期(10月下旬)にも成貝を発見し、中間宿主貝の生態に関して新たな知見をもたらした。このように、発見されてからの日が浅く、しかもメコン河流域に限局して生息するメコン住血吸虫およびその中間宿主貝(N. aperta)については、今後の研究の進展が注目される。

インドシナ半島を潤すメコン河は、その流域の住民に計り知れない恵みをもたらすと同時に、メコン住血吸虫の生活環が維持されている場でもある。したがって、この河に依存して生きる多くの人々にとってメコン住血吸虫症は宿命であるとさえ言える。こうした現状を打開するためにも、この寄生虫に関する知見を着実に積み重ねて、それに基づいた本症コントロール対策を実施してゆく必要があろう。

 

 

 

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