日本財団 図書館


ズームインも、いわゆる横振りをターンというんですけれども、ターンニングもありません。この形のままずうっと1時間映っているだけという、環境映像の最も環境映像らしいものでございます。

 それでは今から1時間たっぷりとご覧ください(笑)。このように申し上げると、皆さん必ずお笑いになります。そして約3分後ぐらいに、皆さんはもう睡魔が襲ってまいりまして、1時間全部見通して見られる方は相当つわものですね。別名催眠ビデオといいまして、これはなかなか全部見通すことはできません。

 これ以上ご覧いただきますと、全員“すやすや”ということになりますので、これ位で上映をやめます(笑)。次のビデオを用意していてください。では、もう1本の方を見てみましょうか。
秋色山水のほうをお願いします。
(環境ビデオの上映)

 季節でもございますので、きょうは「もみじ」を持ってまいりました。京都のもみじを楽しみに、きょう横浜からやってきたのですが、あいにくの台風で見ることができません。せめて大阪・箕面の滝のもみじを写したこのビデオをご覧いただいて、皆さんに秋の気分を味わっていただきたいと思います。音はないのかというふうに首をかしげる方がいらっしゃるかもしれません。ちゃんと音も入っております。ちょっと音を大きくしていただけますか。
(場内に滝の音が流される)

 遠慮しないで、もうちょっとください。
(滝の落ちる音がさらに大きくなる)

 はい、音を小さくしてください。
(滝の音が小さくなる)

 昔、横型のモニターテレビをひょいと90度縦型にいたしまして、縦に長いモニターテレビを作ったことがございます。そこに1日中この滝の映像を流していたことがございます。ビデオ掛け軸だというふうにいっておりましたけれども。

 私が作りました環境ビデオには、いくつかの特徴がございます。まずカメラワークがないということですね。一旦カメラをフィックス、固定いたしますと、もう何が起こっても、地震が起ころうが何が起ころうが、ズームインもしない。ターンもなし。カメラワークがないということなんですね。それから、編集をいたしません。リアルタイムでございます。ここで流れていた1時間の高遠の桜は、あの十数年前の高遠で流れていた、桜のそばで流れていた時間と同じ時間であるということでございます。テレビCFというのは、膨大な尺数のフイルムを撮影してきて、それをもう1秒に何コマという中で編集をいたします。編集の極致がテレビC Fなのですけれども、反対にこの環境ビデオの世界は編集をまずいたしません。1時間の桜、1時間の滝という具合に、全く未編集で、ただリアルタイムで映っているというわけでございます。これは2番目。

 3番目。多くの場合は、音楽もありません。現場のSEを録音してまいりまして、映像につけるというわけでございます。それから、4番目。人物も登場いたしません。したがって、ドラマ性は皆無です。ドラマ、物語というのは、人間が出てこないと生まれないんです。人物が登場しないということは、ドラマもないということでございます。

 ものの作り方には大きく分けて二つございます。一つは足し算でございます。もう一つは引き算でございます。テレビCFは足し算の世界でございましたけれども、この環境ビデオの世界というのは引き算の世界だというふうにいっていいと思います。つまり、カメラワークも引き算してしまった。編集も引き算してしまった。音楽も引き算してしまった。人物も引き算してしまった。環境ビデオは引き算アートの典型であるというふうにいってよいと思います。

 ある人は、ビデオは山水画というふうにいいます。ある人は21世紀の電子掛け軸だというふうにいう人もいます。10年間テレビCFの現場におりまして、これは毎日、テレビCFと歌の世界でほとんど殺人的な現場、これは足し算の10年間でございましたが、次の10年間はそれとは全く反対で、引き算の10年間でございました。最初の足し算の10年間と、そのあとに続く引き算の10年間で、どうやら私は無意識のうちに精神のバランスをとっていたのではなかろうかと。つまり、加減という言葉がございますが、加えて減じる、加減をとっていた、案配をとっていたというふうにもいえるんじゃないかなと思います。

 この環境ビデオ。昔は全く注目されませんでしたけれども、最近はごく普通に、町のいたるところにこの環境映像が流れるようになりました。

 

前ページ    目次へ    次ページ






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION