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試みの刺激を受けて、西日本各地の自治体の方々、そこで観光開発に携わっておられる方々が、地域文化をどう活用していったらいいのかということをお考えになる際のヒントのような話を、今日はいろいろな事例の中からご紹介いただきたいと思います。

神崎先生、井野瀬先生、広野先生、3人の方々に、いったい今度、観光交流における地域文化の活用のためにどういうことをしたらいいのかということで、5分ないし10分ぐらいで最初のご意見を頂戴したいと思います。

最初の神崎先生は、もともとは中国地方の吉備高原にあります神社の神主さんでもあられるわけですが、同時に日本全国を歩いて、日本の古い地域文化の掘り起こしをしながら、それを町づくりにつなげていくというふうな事業も進めておられます。また旅の文化研究所という民間の研究所の研究主幹もなさっておられます。

ということで、まず神崎先生、よろしくお願いいたします。

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神崎: 最初から理想論を申し上げますけれども、観光とか旅行というのは、これを私の言葉で旅ということでまとめて申しますが、旅の望ましい姿というのは双方両得、あるいは三方三得というようなスタイルであることは、皆さん方もご異論はないと思います。

この場合の双方というのは、旅をする人と旅を迎え入れる人であります。つまりホストとゲスト。これが同じように利益を得ないと、望ましい観光の発展にはならないであろうと。三方といいますのは、旅をする人、受ける人、そしてその間で旅を斡旋する人たちであります。旅行業、その関係者の人たち。その三方がまた丸く利益を分配しなければいけない。

かつての日本では、私は江戸時代の中後期が日本の歴史における旅の最盛期であり、成熟期であったと思っております。そのデータでの証明は時間的に難しいので、出版物をお読みいただきたいのでありますが、今の日本は海外旅行が1,000万、1,500万に達したといっても、江戸時代の旅の成熟期にはとても及ばないと思います。及ばない理由は先ほど高田さんが問題提起して下さったところの、出る人に対して入る人があまりにも少ないという、双方両得、あるしは三方三得という原理、理想からはおよそほど遠いものであります。

この両得、三得というのは言うまでもありませんが、必ずしも経済的に利益を得るということだけではありません。行ってよかったという気分的な充足もありますし、すばらしい入に会った、その交際が以後につながるという得もあるわけです。いろいろな得がありますけれども、1つ言えるのは江戸時代の旅人たちは自分たちが見聞することで得を得るだけではなくて、その土地土地へ得という種をまいたということであります。

例えば京都には狩野派の絵描きがたくさんおります。その絵描きたちが地方に出て行く。これは食い詰めて出るのでありまして、今の我々が海外旅行に出るというのとはちょっと違います。違いますけれども、旅をするという形態は広い意味では同じであります。食い詰めて出るのですが、そういう京都の絵描きたちを、あるいは一部は江戸に移っておりますが、その江戸の絵描きたちを地方が何日問も抱える、それだけの余裕があったわけです。抱えるというのはどういう形かと言いますと、ごくごく一般的には地主、豪商の人たちがスポンサーとして、そういう人たちを泊めるということです。そこで書いた書画が、現在でも日本の地方のかなりの家に分散して残っております。

私はあえて中央という言葉を使いますが、江戸とか京都の中央のそうした文化が地方へ伝わって根づくというのには、それは旅人が介在したのであり、その旅人たちを逗留させることができた限られた人たちではありますが、財力、そして見識を持っている人たちがいたということであります。

これは限られたと言っても、必ずしも豪農、豪商が自分たちの利益にそれを使ったのではありません。そういう絵描き、あるいは書家、その人たちが逗留している間に、農家の子弟を集めて塾のようなものを開いております。そこで江戸の後期になりますと、日本では文盲の人がほとんど地方にもいなくなるのであります。現在でも日本は文盲率方極めて少ない、世界でも識字率の高い国として自負しておりますが、もうすでに江戸の後期に我々のご先祖様は文字を読んで、書いていたわけです。これは農家の子どもたちがそうした機会に恵まれたということであります。

つまり旅人がその土地に得になる何かをまいていったということです。この一事をもってしても、今の我々は非常に歪んだ一方利益に走っているわけであります。お金を払ったからということで、厚かましく歩くのはどうであろうかと、まず私は反省しなければいけないと思うのです。

つまり旅に出て、その土地にどれだけ融合して、どれだけその土地の人たちのために、何かできるか。これはおこがましいことですが、私もできていないわけであります。しかし少なくとも人間関係というのでは、好ましい人物がやって来たというくらいの印象は与えることができるのではないかと思います。これは作為的にするのではなくて、我々旅をする

 

 

 

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