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りますので、へき地にいても情報が得やすい国づくりを進めてきたから、そういう極論が出るのはわかるんですが、多分この考え方というのは違っているだろうと思います。

これは実際女性が服を買ってみるときの楽しみを考えたらわかるわけで、インターネットでドレスを注文して買ってもちっとも楽しくないと思うんです。やはりブティックに行くなり、デパートヘ行くなりして、試着する楽しみ。試着した服を見てもらう楽しみ。中には本気で買う気もないのに何度も試着室に入る楽しみというのがあるわけで、こういうものが服を買いに行くときの楽しみで備わっていない町はやはりファッションの町にはならないだろう。

何よりも大事な情報としましては、その服の魅力、例えばこれからシュミレーションが発達しますから、自分がこのドレスを着た姿まで映像で見ることができるかもしれません。しかしそのものの情報というのはある程度入っても、その商品に対して他の人がどんな反応をしているかとか、そういう情報というのは現場に行かないとわからないわけですね。そうしますと、例えば我々がミラノコレクションとかパリコレクションとか言うみたいに、それは単に優れた服を作っているというだけじゃなくて、見巧者、服のわかる人がいる。そういう町であるということも大変大きいですね。これはミラノにはスカラ座がある。パリにもたくさん劇場があるという、実際服を着て行く社交場もなかったら話にならないわけで、豪華なドレスを持っていても、行く場所がなければ、結局それを見てくれる消費者も育ってこないということになってくるわけです。

ですから、結局電子メディアが浸透すればするほど、記号的な情報というものはどこでも手に入るようになりますから、逆に記号化されない情報、その場所へ行かなければ得られない情報の価値というものがよけい高まるんじゃないかなと、そう考えられるわけです。

そうしますと、今までは外国もどき、つまり外国が実際遠い場所であったときは、異国風とか、外国あるいはその国にはないようなデラックスなもの、豪華なものというのが大変な観光材でありましたが、地球的な規模で交流が進むようになりますと、それならもう現場へ行った方が早いじゃないかと。

私はハウステンボスのことをよく知らないんですが、長崎は昔オランダと門戸を開いた町でしたから、それなりの意味はあるんですけれども、極端に言えばオランダ村へ行くよりはオランダヘ行った方が早いじゃないか。飛行機も規制緩和で値段が安くなればそういうことになってくるわけですね。ということは、やはりそこへ行かなければ得られない情報を持った町が観光的に高くなってくるんじゃないかと考えるわけです。ですから、これは「場の魅力」、「トポス」と申しますけれども、この魅力をどれだけ開発できるかということにかかっているんじゃないかと思うんです。

先ほど演劇のビデオをちょっと紹介いたしましたけれども、今度大阪に松竹座という歌舞伎の劇場ができまして、大変人を集めております。これは歌舞伎が東京中心になってしまったために、関西でもう一度歌舞伎を興したいという悲願がああいう松竹座再建になったわけですが、私が今から20年前に東京歌舞伎座のマーケティング調査をしたことがありました。これはどういう仕事かと言いますと、ちょうど尾上菊五郎の襲名とか、歌舞伎が東京ではブームになりかけてきていたころで、そのときに歌舞伎座の観客にアンケート調査をしました。入場するときに紙を渡しまして、「今日ここへ来た最大の理由を1つだけ書いて下さい」という、そういう調査をしたことがあるわけです。1つだけです。「たくさんあります」というのは「ノー」となります。

そのときに1,700人ぐらい入る歌舞伎座の観客が超満員だったわけですけれども、「歌舞伎を見に来た」と書いた人は実に少なかった。2割ぐらいだったと思います。一番多いのは「役者を見に来た」、これが大変多いわけです。やっぱり芸能というのはミーハーですから。「だれだれを見に来た」ということが大変大きいわけです。「玉三郎を見に来た」とか。だから歌舞伎でなくても見に来た可能性があるわけですね。

それからあるいは自分が三味線をやってる。あるいは長唄を習っている。ということで、自分の師匠が舞台に出ているからお付き合いで来た。そういうのも結構あるわけです。だからその師匠と目が合ったからもう帰るとか言ってるのもいるわけで、こういう日本人の社交ですね、古典的な世界での社交で来ている人もいる。

それから驚いたことに、お見合で来ている人もいるわけです。これは毎日1組ぐらいはいる。おもしろいことに見合い客というものは、つまり劇場のロビーで見合いするというのはちょっと粋だから、ユニークだから来ているわけですが、幕間、芝居と芝居の合間に見合いをしますと、ロビーがうるさくてガヤガヤしてますから、見合いをしているときというのは芝居の上演中なんですね。芝居をやっている間というのはロビーが静かですから、そこで厳粛なお見合をしているわけです。

ということは、その彼らは芝居は見てないということになるわけで、でも場内、劇場に入るためにはチケットを買っているわけです。見合いをするのに3等席のチケットではさまになりませんから、恐らく1等席を買っていると思います。両方の家族が買ってますから、1階の一番いいところにだいぶ空いているところがあるわけですね。でも松竹にしてみたら、チケットが売れたからそんなことはいいと思うんですけど。チケットは売れて変な客でなければいいわけなんで。

ということは、結局歌舞伎というのはひとつの口実になっている面がある。つまり劇場と同じように豪華なロビーはホテルにもあるわけですけれども、なぜホテルのロビーで見合いしないのかといったら、扉の向こうで有名な役者が芝居をしたり踊っているということをちらちら想像しながら、あるいはかすかに耳にしながら、ちょっと見たいなと思いながら、ロビーでしている見合いだから意味があるわけですね。つま

 

 

 

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