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基調講演

 

「地域文化と国際観光交流」

文化プロデューサー

河内厚郎

 

あまり時間がございませんので、的を絞ってお話ししたいと思います。

私が11年ぐらいかかわってきた、ある自治体の例を引いて話してみたいと思うんですが、これは関西ベイエリアの一番奥にある、兵庫県の尼崎市の話です。実は観光というものと最も縁がないと思われてきた町が兵庫県の尼崎でありまして、それはいわゆる工業地帯であったためで、阪神工業地帯の中核的な都市としてかつては栄えたわけですけれども、ご承知のように産業構造の転換に伴って、市政方針そのものも随分変わってまいりました。ポスト工業化の都市像を探る上で最も適した事例がこの尼崎ではないかと私は考えているわけです。

1つは、まず産業構造が変わっておりますから、ベイエリアのかつては重厚長大の生産地域であったところが、ハイテクであるとか、あるいは緑地公園が増えたり、実際に見た目でも町は変化してきているわけですが、もう1つ、文化行政というものに大変力を入れている。これが地道に成果を上げてきているということを申し上げたいわけです。

10年、20年単位で見ないと、文化行政の成果というのはわからないので、まだこの尼崎市の方針というのをご存じない方もいらっしゃるかもしれません。紹介しますと、ひとつには日本を代表する劇作家と言われている、近松門左衛門の墓がありますので、その近松の文化遺産を核にした町づくり・町おこしというのを12年ぐらい前から進めてきているわけです。

これがあるひとつの大きなパビリオンとか、そういうもので表現されているのではなくて、市内のあちこちにソフトをきめ細かく配備していく形での町おこしですので、まだ一気に全体像は見えないわけですが、程なく大きな成果を上げていくんじゃないかと思っております。

これは町のイメージアップにもかかわっているわけでして、オーストラリアのシドニーにヨットの形をした有名なオペラハウスがございますけれども、あのオペラハウスと尼崎市のアルカイックホールが姉妹提携をしております。これは尼崎のアルカイックホールが関西オペラの本拠地のようになったせいなんですが。オペラというのはもともとヨーロッパで生まれた芸術の形式ですが単にオペラをやるというだけではなくて、やっぱり近松門左衛門の町という、その国固有の遺産を押さえているということにひとつのポイントがあるんじゃないか。それがひとつの劇場や文化施設の格を上げることにもなっているわけです。

ですから、海外の方で近松門左衛門の芝居を取り上げた事例方結構増えてきておりますけれども、その場合に常に尼崎市には連絡がいくわけで、ソフトの情報提携というものも行われてきている。具体的には私なり、いろんな専門家なりがそういう窓口の役割を果たすわけですけれども、そういうふうに文化施設、文化的人材、それからマスコミ、そういうものをうまく活用した、近松の町おこしというのをちょっとビデオで手短に見ていただこうと思いますので、準備していただけますでしょうか。

<ビデオ放映>

はい、どうもありがとうございました。

これは12〜13年進めてきております運動ですが、本当にまだ基盤ができたところで、これから一歩二歩進めていくにあたりまして、いろんな文化施設との連動というのが起こってきているわけです。例えばこれは尼崎市が建てたのではなく、兵庫県が建てたピッコロシアターという劇場がございますが、ここの劇団も近松作品を上演するようになってきております。西武セゾングループが「つかしん」という百貨店をつくっておりますが、ここのホールでも近松ものを上演したことがありますし、商業施設から公民館、市民の草の根の活動に至るまで、いろんな波状効果が出てきている。まだ町並みが整備されたとは言い切れませんけれども、外から文化的な観光が目的で尼崎へ来る人は増えてきているわけです。

観光客の人数を測定するのはちょっと難しいんですけれども、まずアルカイックホールへ芝居を見に来ている観客というのは観光客であると思います。東京の劇場では大変演劇が栄えている。大変たくさんの客を集めているんですが、これは同時に東京の観光客ともなっているわけで、劇場の観客がそのまま観光客とだぶってくるわけです。だから演劇都市、劇場都市をつくるにあたっても、観光という視点も無視できないわけで、芝居だけつくればいいというものじゃないわけですね。今後の尼崎市を注目していきたいなと思っているわけです。

話は変わりますが、アメリカにメルヴィン・ウェーバーという社会学者の方がいまして、この人が「都市解体論」というのを打ち出しているわけです。これはどういうことかと言いますと、インターネットの普及に見るように電子メディアが徹底的に発達しますと、例えばロッキー山脈の山の中にいてもニューヨークの株式情報も手に入る、パリのファッションも買える、ニューオーリンズのジャズも聞ける。情報としては入るわけですね。ですから別に都市に人が集まって何かする必要はないじゃないか。どこに住んだって情報は宇宙的な規模で入ってくるんだからという、そういう考えなんですね。

ですから都市は存在意義がなくなってしまうんじゃないかという極論がアメリカで出ているわけですが、これはアメリカは大変大きな国で、国土の大半はカントリー、いなかであ

 

 

 

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