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中止に決定・帰投中でした。

2月10日の段階で、「バートン」から20日までは待てないという意向。

2月13日に離岸15日0700と非公式ながら意向が示されましたが、

2月14日PM雲の切れ間が見え始めたのを利して、基地に残っている3隊員を収容次第直ちに離岸、外洋付近の安全な地点で「バートン」と別れ、ビーバーで再上陸を企図することに決定。1628通信連絡が途絶え心配していたビーバー帰投3隊員と、ガソリンを捨て、重量を軽くして連れ帰った樺太犬3匹収揚 氷上の残存物資を収揚しつつ1910離岸、1715先行したバートンに続行しました。*日記には「一応撤退なれど飽く迄越冬の決意棄てず・退却の困難さを知る」と記していますが、結局 外洋からの作戦も引き続く荒天に阻まれ実施に至らず

2月14日 1910 が国際地球観測年・本観測である第二次越冬観測の終焉であったと思っています。

「バートン」とは先にも話しましたが、助けられたり助けたりの行動(助けられた方が多かったかも知れませんが)を続け、

2月17日 1425 S67-58.O E38-15.5で外洋に脱出。連日機会を狙い、基地に最も近い氷縁付近を行動していますが10〜15mの風・波でビーバーを飛ばすチャンスがなく、バートンからも種々支援の情報なども送ってくれますが、肝心の海上の状況が悪く刻々と南極にも冬が迫って来ます。

2月24日 0407 パック外縁着 風浪・うねり高く、最後のチャンスを氷山の風下に求めますが絶望的です。

*1200 第二次越冬隊残留計画断念 帰途につく

<342>に変針 南極洋 発

2月24日 1325 今まで北極洋のみ行動し、南極は初めてといい、西回り・パーマ半島を北上、チリ・サンチャゴ経由帰国という「バートンアイランド」と別れる。有り難う。航海の安全を祈る。

左プロペラ折損、右シャフト屈曲、舵10度左へ捩じれ、ビルジキール全損、保有の清水も残り少なく、正に満身創痍の「宗谷」。

1200南極洋を去るに当たって、船長から乗組員に対し次の様な訓示が達せられました。

「乗組員に達す」

一、只今より本船はケープタウン経由帰国の途につく。

二、長期に渉ってよく目的達成の為に続けられた全員の努力を謝す。

三、自然の猛威に妨げられて本観測としての最小の希望をも果たし得なかったのは誠に残念であるが全員百四十一名は無事本船にあり。

四、傷ついた宗谷にとっては故国への道は遠く険しいものがある。

 

 

 

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