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に関して調整をした国内生産例えばグリーンGNPというような概念はあまりよくない、あまり妥当性がないものなのではないか、と思うわけであります。と言いますのも、GDPと環境破壊とは全く独立的であり、あるいは完全に異なった概念レベルに属していて、いつでも加えられるもの、あるいは引かれるものではないと思うからであります。

そこで、例えば、GDPは時に人間経済的な関係における生産コストを表現しておりますが、GDPと天然資源から得られるいわゆるサービスとを加えるとすれば、実際には、我々は、コストと効用または恩恵とを加えている、あるいは、問題の同じ側面について、全く逆方向の二つの事物を加えていることになる、ということなのです。

それ故、我々は二つの事物を検討しようとするとき、あるいは二つの側面即ち経済活動と環境の破壊または天然資源の枯渇とをまとめて考えようとするときは、注意深くなければならないのです。

それから、3つ目としまして、天然資源および環境の保全は、社会的な福祉あるいは経済的な福祉、そして、社会的な公正さを増進することと関連なく、あるいは対照的なものとして考えられるべきではありません。時に、ある人々は、経済的な福祉を環境の保全と対立するものとして考えます。そして、時には、環境の保全を考える場合、人間中心主義的になる必要はない、人間の福祉が第一の基準と考えるべきではないとさえいう人がおります。そのような考え方は、全く誤解を生むものではないか、あるいは間違いではないか、と私は思います。

自然環境の保全は、自然を長期的に最大限に活用することを目的にするものだと思うからです。だから、もちろん人類の現世代だけではなく、将来世代にも恩恵を伝えていくことが必要です。そこで、社会的な公正さや福祉が常に最初にくるべきであります。今申しました3つの基準は、全く当然のことであります。少なくとも、私にとって当然だということなのですが。誰もが同意するはずのことですし、おそらく皆さんにも、同意していただけるのではないかと思います。

このセッションの2人の報告者のみならず、前のセッションの報告者もはっきりと非常に強く、これらの基準に賛意を表して頂いたと思います。このことを聞いて私は大変によろこんでおります。そこで、これらの点につきまして、これ以上、特にこのセッションの報告者の方々の論文について批判したりさらにコメントをすることはありません。

ただ、認めなければならないことは、天然資源および環境に関する統計データは、これまで、また、現在でも、まったく初歩的なレベルに留まっていることでありまして、最近になってようやく、政府職員や学者の注目を浴び、そして国際会議の議題に表れているということであります。

そして、実際、既存の統計システムは、多くの弱点を持っております。第1に、自然の状況および社会の構造に関する二つのセットのデータが完全に分離され、しばしば独立的に作成されている。そして、そのために資源や環境の問題に関して包括的な概観をすることが難しくなっていることであります。

第2に、社会経済統計があまりにフローのデータに偏りすぎ、また、ストック即ち人工の資本ス

 

 

 

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