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石雋(シー・チュン)インタビュー

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聞き手 紛雪まみれ

 

―――キン・フー監督との出会いが、そのまま石雋さんの映画界入りにつながるわけですが、空軍軍官学校を経て台湾大学牧畜系卒業という経歴と、役者という仕事はちょっと結びつきにくいように思えますが。

石雋 ええ。私はもともと役者になるつもりなど全然なかったんです。胡監督と出会わなければ、私の人生はまったく違ったものになっていたでしょう。

監督との出会いをお話ししましょう。30年前、台北のある氷菓子屋で果物を食べていた時のことです。たまたま胡監督が厳俊監督と一緒にその店に入ってきました。厳俊監督をご存じですか。

―――キン・フー監督が役者として初出演した映画『吃耳光的人(ひっぱたかれる者)』(54『笑声涙痕」または『笑声涙影』の題名もある)の監督ですね。

石雋 そうです。役者も兼ねていた二枚目で、当時は林黛ともうわさがあって…。のちに女優の李麗華と結婚しましたね。胡監督は、その厳俊監督のもとで美術、装飾から役者になった。厳俊監督はいわば胡監督の先生ですね。それで、彼と一緒にオレンジ・ジュースを飲みにやってきた。台湾のオレンジ・ジュース(柳丁汁)は香港で売っているサンキストのオレンジ・ジュースよりずっと甘くて美味しいんですよ。このオレンジ・ジュースは胡監督の定番になって、彼はずっと台湾でオレンジ・ジュースを飲むのを習慣にしていました。

さて、その時に私と一緒にいた友人が胡監督の知り会いだったもので、友人と監督が挨拶を交わしたわけです。それで、私の顔を見た監督はいきなり「君、役者をやらないか」と聞いてきました。私は考えもしないで「いや、役者になるつもりはありません」と答えました。監督はまたすぐに「試してみるつもりはないかね」とたたみかける。でも、やっぱり「いや、そんなつもりはありません」と答えました。すると、彼はちょっと急がすような調子で「いったい試してみるつもりはないのかね」と繰り返しました。それで初めて私はちょっと考えて、「あなたがそうおっしゃるなら、試してみます」と答えました。胡監督のことは『大地児女』(65)を観て知っていましたから。

―――胡監督の初監督作で、監督自身ゲリラの隊長役で出演もしていましたね。

石雋 ええ。でも、演技ということで胡監督が自分で気に入っていたのは『長巷』(57)という映画です。民国初期の話で不良少年役。王引が父役、陳燕燕が母役、葛蘭が姉役で。

―――ジェームス・ディーンのような役柄だったとか。残念ながら、観ていませんが。

石雋 『長巷』の胡監督の演技は確かに素晴らしいです。それに、この映画には笑い話があるんですよ。長いつきあいの中で少なくとも3回は聞いた話ですが、王引演じる父親に胡監督が殴られる場面があって、あまり嘘っぽくてもいけないというので、テストなしで本気で叩いて一発OKを狙っていたんですね。ところが王引は中国功夫の心得もあるし、体も大きい。そこで胡監督は機転を効かせて、殴られる瞬間にちょっと避けようと考えたわけです。ところが、彼は王引が左利きだってことを知らなかった。結局、自分から思い切り殴られにいっちゃったんですよ(笑)。

 

 

 

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