2. 発災直後の被災地では皆がボランティアだった
「発災直後の被災地では、行政も、被災者も、全てが皆ボランティアだった」。阪神・淡路大震災で兵庫県西宮市を拠点として、ボランティア活動のコーディネートをした方の言葉です。
あの時、被災地の行政職員は、ズタズタに切り裂かれ傷ついた街の中で、まさに孤立無援、いつ果てるか見当もつかぬ、先の見えない災害対策に忙殺されていました。そんな時に、頼もしい若者達が駆けつけてくれたことは、どんなに強い心の支えになったことでしょう。
「初めてボランティア活動を目の前にした時、これで西宮市は大丈夫、復興できる、被災市民も立ち上がれると確信するとともに、私自身も孤立感から解放され、勇気と希望が湧いてきたのを覚えている。」と、西宮市役所に勤務するある職員は述べています(「ボランティアはいかに活動したか」西宮ボランティアネットワーク著、NHK出版より)。
このように、阪神・淡路大震災で活動したボランティアは、単に、被災地の災害対策を担う労働力としてのみではなく、被災者や被災地の行政職員が災害から立ち上がるための希望の象徴ともなったのです。