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日本の選択:海洋地政学の教訓

地政学の論理と国際政治

 

平間洋一(防衛大学教授)

 

は じ め に

国際関係を理解するのには色々の尺度があるが、「地政学」という地理的尺度も極めて有効な尺度の一つであるように思われる。しかし、かって、この尺度がゲオポリテック(Geopolitik)と呼ばれ、その理論がナチス・ドイツや旧日本帝国の世界侵略の一翼を担い、ヒトラー(Adolf Hiter)の侵略政策の遠因となったことから、日本では「地政学は学問ではない」、と今日これをタブー視する人が多い。とはいえ、一国の置かれた地理的条件が、その国の国家政策、特に対外政策に大きな影響を及ぼすことは「外交は地形なり」との言葉の通り、地政学は国際関係や国家戦略を考究する場合に、欠かすことができない重要な要素である。地政学を飾る代表的な陸の理論家としては、自国の発展のためには周辺諸国を支配下に入れても差し支えない、と「生存圏(レーベンスラウム-Lebensraum)」思想を展開した、ドイツの地理学者カール・ハウスホーファー(Karl Haushofer)、海の代表的な地政学者としては、制海権の確立が国家発展の鍵であると論じたマハン(Alfred Thayer Mahan)、その後にこれら理論を発展させたマッキンダー(Halford Mackinder 1861-1947)や、スパイクスマン(Nicholas J.Spykman 1893-1943)などが出現した。ところで、海洋国家と大陸国家の関係は国際関係の変動や、科学技術の発展などの影響を受けて、今後どのような展開を示すであろうか。また、リムランドに存在する半海洋国家日本はどのような戦略を構築すべきであろうか。以下、今後の日本の針路を考察するに先立ち、代表的な海洋地政学者マハンの理論が日米関係、特にアメリカ海軍に与えた影響を概説し、次いで今後の日本のあり方を地政学を軸に考えてみたい。

 

1 大陸地政学の発生と発展

地政学の正確な起源や創始者には諸説があるが、地理的位置と国際政治との関係を最初に論じたのは、哲学者カント(Immanuel Kant)であった。しかし、最初に地政学を体系的に構築したのは、ドイツの地理学者フリードリッヒ・ラッツェル(Friedrich Ratzel,1844-1904)で、ラッツェルは1897年に出版した『政治地理学(Politishe Geogtaphie)』において次のように論じた(1)。

 

 

 

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