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を,陸上の機能分担まで含めてSMSという明確な形で埋めることを求めている。そのためには従来にもまして船自体の機能,乗組員が果たすべき役割を明確に示す必要がある。ISMコードは船社問題であり造船所には関係ないという見方もあるが,この意味において造船側にも大きな影響をもつ。すぐに関連が生ずることはないであろうが当然PL(Product Liability)にもつながっていく問題である。

先進安全船という課題からは何か「これが先進安全船である」という具体的な船のイメージが期待されるが,そのためには「要求される安全水準」を示す必要がある。研究開発の進め方としては,この水準を仮定して目標イメージを明確にしてもよいし,要求安全水準は時代の社会的要請の結果きまるものであり,とりあえずは現状の安全水準を維持するための品質管理体制は何かという地道な取組み方をしても良い。いずれにしても安全運航要件を明示的に示し,役割分担の意味を無限責任を負う者のいない状態で明確にすることが第一歩である。

 

技術開発の方向づけ

 

「より速く,より強く」オリンピックではないがこれが造船技術開発の標語であった。この目標に挑戦するものが時代をリードし,技術の差別化により経営的成果を享受してきた。最近新技術開発の方向が見えないという不満が多い。「より速く,より強く」は海上輸送において運賃を下げ経済活動の障壁を取り除くためのものであった。この面ではすでに革命的成果を収めてしまっており,運賃はマクロ経済的には十分に安くなっている。例えば各製品の末端価格に占める海上輸送コストはほとんど無視できる水準にまで下がってきている。

一方,海上輸送自体の重要性は従来にもまして高まりつづけている。グローバリゼーションは拡大し,アジアの急成長は臨海部での工業化を主軸に進んでいる。海上輸送システムにはまさしくこれからの社会インフラストラクチュアとしての役割が求められている。「より速く,より強く」路線の技術開発は造船業の相対的競争力を維持するためには必要であるが,絶対的な技術開発の重要性は「より使い易い,より信頼のおける」の方向へ大きく変化してきているという認識が必要である。かつて荷主が輸送を行うにあたって輸送プロセスの細部まで立ち入り,船長を選び,船社を選んでいた時代もあったが,いまや約束の時間に間違いなく届く輸送手段が望まれ,それが満たされれば輸送のプロセスに関心は持たれない。輸送サービス水準が保証されればあとはコストレベルの競争のみが残される。大航海時代以来の伝統により冒険的あるいは貴族的性格が残っている海上輸送の世界では,社会インフラストラクチュアとして近代化について行きにくい点があるが,これを急速に克服することが望まれている。

近代化とは何かといえば,それぞれの担当する持ち場において指定された作業を滞りなくこなしておれば安全が確保されるという体制整備である。「より使い易い,より信頼のおける」方向へ向けての造船技術が果たすべき役割は何か,個々の技術分野における研究開発の要素的部分は従来のものと変わるはずもない。しかし,問題に取組む姿勢という点ではかなり大きな違いがあるように思われる。未知の分野に対する挑戦という意味では変わらなくとも,その結果が日常的判断の場でどのように役立つのかが問われることになるであろう。以下,代表的技術についてこの面からの違いに焦点を当てて概観して見る。

 

安全運航のための造船技術

 

(1) 波浪情報システム

船舶工学の立場から船の安全性を論ずるとき,いつも問題にされる点が不十分な波浪情報である。しかし,気象観測衛星が実用化され,さらに周回軌道衛星からの詳細な波浪データも入手可能になりつつある。何にもまして,船舶との通信が自由になっているため航行中の船舶が周辺の波浪状況を交換し合うだけで,従来に比べはるかに確度の高い情報を入手できる状況になっている。個々の情報は不十分かもしれないがこれらを総合すれば全体としてはかなり十分な情報を得られるはずである。

逆に,波浪情報が不十分であると嘆く前に,どれだけの情報があればどれだけ船の安全に寄与できるのかという問題点の整理が不十分である。情報提供がいかに進もうとも理論的に十分であるという状況にはならない。ある程度不確実な情報をもとにいかにすればよりよい判断が出来るかという観点からの論理を構築しなければならない。

(2) 船体強度の判定

これまでの船体構造学では,設計荷重をいかに合理的に設定するかという観点からの議論が中心的な課題となってきた。今後強化が求められるのは,新造時のみならず船のライフタイムにわたっての合理的船体強度の評価である。これは同時に船体寿命の問題でもある。

 

 

 

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