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記念シンポジウム

安全運航管理のための造船技術

東京大学工学系研究科教授 小 山 健 夫

 

1 ナホトカ号事故と先進安全船

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今年は五月早々日本海でロシア船ナホトカ号の折損沈没事故が発生し,沿岸に多大な流出油被害をもたらした。ロシア政府当局者のコメントは「船級協会の検査をパスしたばかりであり,資格を持った船員も適正に配乗させている。従って何等かの不可抗力的原因によるものとしか考えられない」という性質のものであった。検査に合格し資格を持った船員に管理されていれば船の安全は保たれるという考え方の誤りは言うまでもない。しかし,ナホトカ号のみならず多くの事故が発生しているにもかかわらず,事故原因の究明とそれを教訓として将来に役立てるという姿勢が不十分であることには反省すべき点が多い。起きてはならない事故の発生に素直に驚き,そのような事故の未然発生への対策が直ちに取られるような枠組みが出来ていないことに問題がある。

運輸技術審議会答申「チャレンジシップ21」の中のひとつの大きなくくりとして「先進安全船開発の推進」があげられている。先進安全船とは何かについてひとつの定義を与えてみよう。私見ではあるが「一定の保守水準に維持された船を,限定的能力をもつ船員のチームと陸上の支援システムが,予め決められている作業標準どおりに管理すれば安全が保たれる船」であると考える。この考え方は1998年から実施予定のISM(International Safety Management)コードとの関連を強く意識したものであり,内容的に分析すれば,新造時を含めライフタイムにわたる船のハードウェアとしての健全性,船員の資格要件,船舶管理のマニュアルの整備とその実施方法についての総合的品質管理体制の確立であるといえる。

上述のロシア政府の考え方,先進安全船あるいはISMコードのねらい,これらは文章上の表現では同じ事を主張しているかのようにみえる。問題は業務を分担するとき個々の分担要素を合わせたものが全体をカバーしているか否かという点である。

図に示すように,そもそも安全運航要件がある限定された枠の中に収まるかについてが問題であるが,仮に収まるとして,検査に合格しており資格を持つ船員を配乗させているということで要件を満たしていることにはならない。ハードとしての船の要件を規定する船級,ソフト面では船員資格の制度が整備されているが,これらはあくまで必要条件であって安全運航要件には埋めるべき大きな隙間が存在する。

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伝統的な船舶管理の世界では「一旦港を出ると何が起こるか分からない」という考え方から安全運航要件が枠の中に入りきらないという思想が強い。有限の範囲に限定できないとすると,安全運航のためには論理的必然として誰かが無限の責任を負わない限り要求を満足することは出来ない。伝統的な船長責任はこのような事情から生まれたものである。世の中の常として一旦無限責任を負う者を決めてしまうとそれ以外の者のもたれ合いが始まる。制度があっても自己を制度内の枠に閉じ込め,その枠内で責任がなければよしとする風潮である。ナホトカ号事故はあってはならない事故である。その基本を忘れ,自己の関連範囲の枠外で問題が起きたときはあまり強い関心を示さない習慣が身についているとすれば大きな問題である。

ISMコードは明示的に示している訳ではないが,船長の無限責任という思想を転換するものである。船舶管理の責任主体を会社であると明確に定義し,安全運航要件を満足できるシステム作りをSMS(Safety Management System)という形で求めている。図でいうならば船級,船員資格の制度でカバーできない部分

 

 

 

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